69.驚愕の理由

  「冗談じゃない」
 不機嫌さを現した、低い声。エアーの声にティーンもカランもエアーを見た。
「それはセイト様。俺に、一つの隊を率いろということですか?」
「そうだ」
「はっ、俺が、なんで!」
 思わず失笑しながら、エアーはとんとん、と自分の胸を叩いた。
「セイト様もご存じでしょう。俺は下級兵士の時に休隊処分になりました。命が繋がって王国軍に戻ることができただけでも儲けものなのに、俺が高等兵士に昇格ですか? 性質の悪い冗談でしょう」
「いや、本当だ。現剣士隊長の二人揃って、新設の隊長はエアーがいいと言っている。おとなしく受けることだ」
「受ける受けないの問題じゃない! それこそ、俺にその資格はない!」
 小さな部屋の中で、エアーが怒鳴った。発せられた大声に、セイトも、周りの二人も顔をしかめた。
「俺が戦っているのは他人のためでも国のためでも、階級をあげるためでもない。ただ自分のいいように生きたいからだ」
 ――たぶん、と本当は言葉尻に続く。
 強くなって何がしたいのか。強くなって、強くなって。
 たぶん、強くなるためだけに、今も戦っているから。
 エアーは知らず、失笑した。
「自分のためだけに戦ってる。おかげで自分の父親さえ見殺しにした。そんな人間に、隊を率いる資格はない。俺に、高等兵士足りえる素質はありません」
「お前の名前が出た時――」
 怒鳴られてもセイトは平静のまま。エアーが怒鳴る理由の深層を感じているからだろう。
「カタンは思ったそうだ。『きっといい高等兵士になれるだろう』と。彼自身も友人に言われた言葉らしいが」
「カタン・ガータージ最高等兵士が? 関わりないような天空隊の人が、俺の何を知って」
「何も知りはしないだろうな。カタンもお前の父親と少し話をしたことがあるぐらいだと言っていたから。だが、それこそがお前の高等兵士たる素質だ。誰かに期待をもたれることこそ、高等兵士たる最高の素質だと私は思う」
 エアーが言葉をのんだ。
「話を進めよう。いいな、エアーも。席に座ってくれ」
 セイトに強く見つめられて、エアーは言葉を失ったまましぶしぶ椅子に座った。席について、ばちが悪そうに頭をかく。
(期待……ね)
 セイトが机の資料の中から副官を選んでくれと告げている。エアーは数枚の資料を眺めて、知らずため息をついた。
(俺に何の期待が……隊長たちに希望を持つのは、わかるけど)
 考えていて、無償に腹も立った。けれど、セイトに反論できなかった。セイトの態度に、口調に、言葉に、すべてに圧倒されてしまったのだ。七つも年下の、僅か一三歳の王子に。
「そうだ、ティーン。聞いているはずだが」
「なんでしょうか」
 資料から顔をあげて、ティーンがセイトを見た。セイトは少しきょとんとした。
「ウィクの秘書も兼ねてもらうと。仕事の量は他の人間を凌駕するだろう。それを兼ねて人選してくれ」
「ウィク様の?」
 今度はティーンが驚愕する番だった。
「申し訳ありません、初耳です」
「アンクトックが言い忘れたのだろうが。様々な推薦があった故の人事だ。快く受けてくれないか? ウィクも、ティーンほどの実力者なら安心だろう。もちろん私もだ」
「身に余る評価ですが、ありがたく頂戴します」
「うん。頼んだよ」
「はい」
 答えてティーンは再び資料に目を落とした。心なしか先ほどよりも真剣だ。
 そりゃそうか、なんて他人事のように思いながら、エアーは自分の机の上の紙を見た。
 数枚だけの紙。
 一枚につき一人。見習い時代から書かれている程度の情報が書かれている。名前、出身地、所属遍歴、階級遍歴、特技、等。本人が書いたものでないのは、筆跡が変わることでうかがえる。
 この中から選べ、というのだろう。おそらく現高等兵士たちが集めた資料を眺めてエアーは苦笑する。他の二人の数よりもはるかに少ない。ある程度選んでくれたのだろう。どれだけ甘やかされているのかと、少し恥ずかしいような気分にもなる。
 さらには資料の一番下にはメモ書きが一枚。選ばれていた人物の名前の横に、感想が書かれているのだ。
『エリク・フェイ 剣士としての実力、申し分ない。顔がそれなりに広く、情報収集方法が多様であり、集めた情報から正しい情報を選びとる能力は実証済み』
『マーカー・クレイアン(後名サー) 剣士としての実力は申し分ない。ただし実戦経験が少ない。ケインズが自慢する息子だけあり、事務処理能力も長けているようだ。他を率いる能力については未知数。前職では多くの見習い兵士たちに慕われていたようだ』
(……?)
 ケインズ、って誰だ、とエアーが思ったのとほぼ同時。セイトがエアーを見てにこりと笑った。
「どうだろう、エアー。その感想は私のものだが、上の二人から選んでみては」
「上のって。このエリク・フェイと、マーカー・クレイアンってやつですよね」
「そうだ。エアーの副官なら、その二人が適任だよ」
「俺の、って。他の人間なら他の人間ですか? そういうもんなんですか?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。二人は副官になれる才能があるが、その才能を活かせる高等兵士でなければならない」
「二人のような能力のない俺に、活かせるとは思えませんが」
 言って、エアーは肩をすくめた。とはいえセイトに薦められた二人の資料を別に寄せた。エアーは他人は明るくないので、言われた通りにするのが最善の方法だ。
 セイトは自分の手を止めて、エアーを見た。笑顔だった。
「ないから、補うための人物がいる。高等兵士になった人間には大まかに二つの人間がいるんだ。“高等兵士になるべくしてなった人間”と、“高等兵士になるようにしてなった人間”」
「はい?」
「“高等兵士になるべくしてなった人間”は、副官を経ていないな。前任の高等兵士から指名された例が多い。アンクトックや、アタラだ。二人は高等兵士としての才能はあるが、副官としては才能がないと思うよ」
 ふーん、と聞きながら、エアーがポカンとしているのに、横でカランがあくびを漏らした。
「“高等兵士になるようにしてなった人間”は、副官を経ているな。前任の高等兵士が高等兵士にするために副官にした、という人間だ。お前の隊長のクォンカもこっちらしい」
「へえ」
 エアーはクォンカから前任の高等兵士について聞いたことがないので、相槌を打つに終わった。
「お前は高等兵士になるべくしてなる人間のほうだろう。副官としての才能はないけど、高等兵士としての才能はある。私にもそう思えるし、きっと周りもそう思ってる」
「はあ」
「アンクトックやアタラのような、とはいわないけれど、お前はお前らしい高等兵士になればいい。なるべくしてなるのだから、エアー自体に理由がある。ありのままで高等兵士になればいい」
「なんか難しい話ですが、」
 エアーは肩をすくめて苦笑した。
「ってことは副官も、直感とかそういうのでも構わないんですか?」
「それでいいと自分で思うならそれでいいと思うよ」
「じゃあこいつにします」
 一枚の紙を示してエアー。表情が和らいだのは『立派に努めなくてはならない』という緊張から多少は解放された故だろう。
 セイトがうん、と頷いた。エアーの斜め前でカランがまたあくびをした。あくびをしたカランをみやって、セイトが苦笑する。
「カランは選んだのか?」
「はい。この人間に」
 一枚の紙をすぐに持ち上げて、カラン。セイトが失笑した。
「やっぱり彼か。ティーンはどうだ?」
「三人程度には絞りましたが、もう少し時間を頂けますか」
「あぁ。構わない。ティーンはそのまま聞いてくれ。隊の配置を今のうちに教えておこうと思うから」
 セイトがにっこりと笑って配置を告げた。
 セイトの言葉の後にはやはり三種三様の驚愕の意を表し、三種三様の行動をとるのである。
  
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