70.それぞれの♯♯(ダブルシャープ)

  「三大隊制の席順になってもらおう。これからこの会議室にいる人間は、自分も高等兵士であるとして発言するように」


 一番の上座に国王が座る。広い会議室には長い机と多くの椅子が並んでいる。国王の言葉を合図に、座っていた高等兵士たちが立ち上がる。席の移動を始めるのに混じって、会議室の端で待機していた新しく高等兵士になる人間も移動を始めた。
「陛下」
 カラン・ヴァンダが声をあげる。国王に向かって声をかけられるのはなかなかの度胸。それも初体面だ。
 国王が顎をあげるのを合図に、カランが続けた。
「配置の変更を希望します。俺はカタン最高等兵士の下で動くことはできません」
 カランがセイトに告げられた配置は第一大隊四番隊。妥当といえば妥当の配置にもかかわらずカランが驚いた理由は、第一大隊の総司令がカタンであるということだ。カタンとカランの仲の悪さは――というか、カランがカタンを嫌いぬいていることなど王国軍の常識の一つに数えられるほどだ。
 ――意図を感じる。意図を感じざるを得ない。
 たとえその意図がどんなものであれ、嫌なものは嫌なカランである。
「普段公言していることに偽りはありません。俺はいつかカタン最高等兵士を落とすつもりです」
 至極真面目なカランの口調。すぐ近くで、ぷっと吹き出したのは現在カランの上官ホンティア・ジャイム。
「ほーら、言ったじゃない。カランがカタンの大隊なんて無理だって」
 むうと唸ったのは、クォンカ。居心地が悪そうに頭をかいた。
 どうやら弓士隊長たちはカランの行動は予想済みだったらしい。ナーロウ・ワングァが少し離れた場所で片手をあげた。
「陛下、よろしければ私がカランと配置を交換させていだたきます。カタン最高等兵士は軍に必要だと考えております故」
 国王がくすりと笑った。
「よろしい。第一大隊には楔が必要だと思っていたところだ。ナーロウ、頼んだぞ」
「はっ」
 ナーロウが立ったまま軽い敬礼をする。厳格さでは王国軍一。高等兵士最年長の一人だ。三練士、ナーロウ・ワングァ。
「では、ナーロウを第一大隊四番隊に、カランを第三大隊三番隊に配置するとしよう」
「はい。恐縮です」
 カランも立ったまま軽い敬礼を国王に示した。
 ばらばら、と高等兵士たちが再び流れ出すのに、とっとと席について笑っているのは、第一大隊三番隊の席に座るピーク・レーグン。
「楔つって陛下。俺もそこそこなんすけどねぇ」
 行儀悪く椅子に座っている。ピークを見て国王がくすりと笑った。
「お前が止められる側だ」
「あはは、そりゃ酷い」
 ごもっともですが、とやはり軽い口をきくピークの隣、第一大隊二番隊の席に座る予定なのはエアーだ。
 つまりは、第一大隊の総司令補。
「はあ」
 少し遠い場所で、大きなため息。なんで俺がとか小さな声で呟きながら、重い足取りで席に向かう。ちなみに第一大隊の六番隊の席には昼にエアーが出会った騎士ミレイド・テースクが、隣には天馬騎士サリア・フィティが座っている。
 国王に最も近い席でエアーを迎えるのはカタン・ガータージ。立ってエアーを迎えて、好感のもてる笑顔を浮かべた。
「よろしく、総司令補殿?」
 悪戯に笑ったカタンを、エアーは眉をあげて見た。
 なんとなく、好感が持てるとか持てないとかよりも、この人がこれから自分の上官になるんだなと。顔ぐらいはきっちり覚えなきゃなと、そんな感想しか持たなかった。
「どうも、よろしくお願いします」
 差し出された片手に同じく片手を差し出して握手する。
 これがエアーとカタンの初対面である。


□□□


 式典の日は晴天だった。
 ウィアズ王国の青だと称される青空が、どこまでも続いていた。雲ひとつない空。
 八番目の月、一日目。
 ウィアズ王国新年度を祝う式典は、丸一日をかけて行われる。
 ウィアズ王国王城、城下町、すべてがお祭り騒ぎ。準備の人間も当日ばかりは苦労が報われたとばかりに心軽く笑顔を見せる。ウィアズ王国国内各地はもちろん、他国からも観光客が来るほど大きな祭りだった。
 式典の中で何より壮大なのは、王城前広場で行われる、王国軍の新入と昇格、さらには任命の式だ。
 隊を率いる高等兵士、最高等兵士たちが並び、さらに後ろには所属する兵士たちが並ぶ。制服を着て彼ら彼女らが並ぶ様は、まさに壮観。
 今年は三大隊制になるだけあって、並ぶ兵士の数も集まる見物客の数も、去年よりも多かった。
「王国軍、大隊長を指名する」
 国王の宣言に、聴衆が静まった。
「第一大隊。最高等兵士カタン・ガータージ」
 カタンが声を張って返事する。返事して、高等兵士たちの前まで歩いた。
「第二大隊。高等兵士アタラ・メイクル」
 アタラも同じく返事して、カタンの隣まで歩いた。
「第三大隊。ウィク・ウィアズ」
「はい!」
 ざわり、と聴衆たちが騒いだ。
 国王が立つ高台の下から、幼い顔が現れた。
 高等兵士たちと同じような制服。だがどことなく立派に作られているのは、ウィクが王に連なるという主張だろう。
 ウィクがアタラの隣に並ぶ。三人が並んだところで国王が任命することを改めて宣言すれば、広場はわっと歓声に満ちる。
「第一大隊、二番隊以下小隊長を指名する」
 この式典において、昇格する高等兵士たちは改めて高等兵士として扱われる。城下町や各地の警護や賊の討伐にも向かう、彼ら彼女らの初顔見せである。
「二番隊、高等兵士エアー・レクイズ」
 エアーが返事して軽い敬礼を示せば、広場のどこかしこから声が上がる。大抵は式典当日は休日になった王国軍の剣士たちだ。
 エアー・レクイズは確かに、希望の下に高等兵士に昇格したのである。
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