68.“お使い”

   十三時二五分。
 第二小会議室の中には既に騎士が一人。座るようにセイトに促されて、黙して座っている。
 二人目のノックの音にセイトは失笑する。
 なんて力尽くなノックなんだろう。もっと品があるノックの仕方だってあるだろうに。
「第一大隊三番隊所属剣士、エアー・レクイズといいます」
 部屋の外から返事。セイトは眉を上げた。
「あぁ、剣士のだな。鍵は開けてある、入ってきてくれ」
「はい。じゃあ失礼します」
 許可をすればすぐにがちゃりと音がした。無遠慮に剣士が部屋に入ってくる。
 いかにも平民らしい剣士、がセイトがエアーに抱いた最初の感想。
 セイトの姿に気がついたエアーが慌てて姿勢を正す。ドアを閉めて、緊張した面持ち――を装っているのがわかる。
 ふてぶてしい男、が次の感想。
 セイトは机の一番の上座に座ったままに、空いている椅子の一つを示した。
「遠慮せずに座ってくれ。もう一人来る予定なんだ」
「わかりました。ありがとうございます」
 礼を言って座ろうとした時点で、エアーも気が付いている。
 何かおかしいぞ、と。
 “剣士のお使い要員”なのに、なぜ座らせられるのか。机の上には紙が数枚。眼の前に座る、エアーにも見覚えがある男――騎士の机には山、隣の机の上にはその半分程度の紙。
 エアーが紙を睨みつけて考え始めたあたりで、トントン、と小さくドアがノックされた。
「誰だ?」
 やはり上座で、セイト。
「アタラです」
「あぁ、入ってくれ。随分早かったな」
 セイトが顔に笑顔を浮かべて席から立った。座っている二人にはそのままでいいのだという。
 騎士は眉を挙げたが、エアーは言われた通りに座ったまま、現れたアタラ・メイクルを見た。
「統合部署が一四時からですので」
「終わってからでもよかったのに」
「いつになるともわかりませんでしたから」
 微かににこりと、アタラが笑ったようにも見えた。
(うっわ、珍し)
 とエアーが感想を抱いたのも一瞬。アタラの表情はすぐに厳しくなる。
「セイト様、陛下にも申し上げましたが――」
 アタラの声を遮るように、アタラのすぐ背後のドアがどんどんっと叩かれた。
「遅れました、カラン・ヴァンダです!」
 明らかに焦っている声。時計を見やれば時刻はすでに一三時三三分。エアーと同じ用件で呼ばれたとすれば、すでに三分の遅刻だ。
「入れ!」
「失礼します」
 やはり焦りが見える、ドアはすぐに開いた。ドアから出てきたのは弓を背負ったまま、弓士。やってきた弓士――カランを見やって、セイトが笑いをこらえた。アタラはカランを見て小さく嘆息。
「まさか遅刻するなんて」
 カランは返す言葉もない様子で、アタラを一瞥するとセイトの前で深々と頭を下げた。
「時刻に合わず、申し訳ありません」
 カランは頭を下げたまま、セイトの対応を待った。
 セイトは周りの不安をよそに、にこりと笑う。どこか子供じみた笑い。――年相応の笑顔に見えた。
「遅刻の理由は言えるか?」
「……寝坊、です。申し訳ありません」
「いや。ホンティアがお前を探していたのを見た。純粋にお前のせいというわけではないさ。面白がって当日まで知らせないホンティアも悪い」
 セイトはカランにも椅子に座るように促した。カランは黙って従った。
 カランが席に移動して、改めてセイトはアタラを見た。
「アタラ、貴女にはぜひマジックマスターの称号を受けて欲しい」
「セイト様。国王陛下にも申し上げましたが、私はマジックマスターの称号を得られるほどの人間ではありません。少なくとも今受けることはできません」
「しかし来年度から第二大隊の総司令になることが決まっているだろう。最高等兵士には今のうちになってしまえばいい。ふさわしくは最高等兵士になってからなればいい」
「いいえ。総司令になることが昇格の理由にはなりません。総司令には最高等兵士でなくても就くことができるのですから」
 それに、と続けて、アタラの顔が歪んだ。
「誰もが誰かの思い通りになると思ったら大間違いです。進言した高等兵士にもそうお伝えくださいますよう」
 ぺこり、とアタラが頭を下げた。セイトはアタラの拒絶の意思に肩を落とした。
「以上でしたら、私はこれで下がらせていただきます」
「……うん。下がってくれ。諦めよう」
「感謝します、セイト様」
 頭をあげると、アタラは颯爽と踵を返した。小会議室のドアを迷いなく開けて、迷いなく閉める。本当に称号に興味などないのだろう。
 アタラが小会議室のドアを閉めると、部屋の中には静寂が少し居すわった。セイトがアタラがいなくなったドアを見て、少し。嘆息一つに振りかえった。
 先ほどまで自分が座っていた椅子の横まで戻ると、椅子に座っている三人の顔を見渡した。
「さて、話を始めよう。少しごたついて時間は押してしまったが、次の予定はずらせないからな。手早く進めようか」
 言って、少しニコリと笑う。
 笑うと顔付きは幼いなと、エアーは思った。年は十三だったか。下級兵士や見習兵士たちに多い年齢だ。
「ティーン・ターカー」
 最初から座っていた騎士に向かって、セイト。呼ばれたティーンが席を立った。
「はい」
 静かに、たしかに。性格のにじみ出るような返事だ。セイトはティーンの返事を聞くと、今度はエアーを向いた。
「エアー・レクイズ」
「はい」
 ティーンに習い――というよりセイトに促されるようにエアーは席を立った。席を立ったエアーを確認して、セイトは次にカランを見た。
「カラン・ヴァンダ」
「はい」
 すっかり落ち着いた態で、カラン。セイトは一層にっこりと笑うと、三人を見渡した。
「知っているだろうが、来年度から王国軍は三大隊制になる。その三つ目の小隊長に三人を指名する。高等兵士に昇格だ」
「はい、恐縮です」
 と、冷静に答えられたのは、ティーン・ターカー一人だった。というのも、ティーンはすでにアンクトックから昇格の旨を聞いて小会議室に来ていたのだ。
「俺もですか?」
 微かに首をかしげて、カランが問うた。セイトは短く失笑して「そうだ」と、言い聞かせるように答える。
「はあ」
 生煮えのような返事をして、少し。カランが気がついて顔をあげて、セイトを見た。
「ありがとうございます」
 答えて、頭を少し下げた。表情からは嬉しさがにじみ出ていた。
 三者三様の反応。
 最期まで沈黙していたのはエアーだった。言われたままの状態で固まっていて、セイトを見つめている。セイトはエアーの反応を驚愕のためだと理解した。――素直な反応だろうなと、思えた。エアーに関しては全く聞かされていないらしいから。
「さて、そのために一五時に統合部署に合流するのだけれど、それまでに決めておかなければならないことがある。第一は副官だ。隊を率いるには最も重要であること、副官を務めている二人は、よくわかると思う。エアーも」
 笑顔のままセイトがエアーを再び見た。見て、セイトは眼を丸くした。
 エアーがセイトを、睨んでいたから。
  
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