50.“誇り”

   竜騎士ウクライ・レクイズ。
 昔王国軍に属していたウクライだが、王国軍の中でウクライを知る者は少ない。
 今でこそ義勇団のリーダーだが、王国軍に所属していたころは一介の中等兵士、中級竜騎士。抜きんでて強かったわけでもなく、目立っていたわけでもなかった。けれど、フリクに住まう戦士たちはなぜか、彼をリーダーに推した。結成に尽力した一人であることも理由だろうが、おそらく。
 彼ならば誰よりも、自分たちの想いを理解しているのではないかと言う希望が、少なからずあったのではないか。


 カタン・ガータージは乱戦の中をメリュオアの背中につかまりながら前に進んでいた。槍はたしかに握っていたけれど、敵と戦うことは最小限にしていた。天騎士たちにはおのおの敵と対峙するように、サリアには天騎士たちの指揮と先頭を任せて、カタンは目的地へと急いでいた。
 義勇団は王国軍の天騎士たちよりもさらに街から離れた海上にいる。カタンが目標としているのはウクライだ。ウクライはおそらく最奥にいるだろうと。
「義勇団のリーダ、ウクライ殿はどこですか!」
 前線の天騎士たちに問いかける。だが前線の天騎士で、それも健全な天騎士にカタンの問いに答える余裕はない。カタンも前線に出て、敵と対峙する時間が長くなった。
「ウクライ様はどこか!」
「俺を指名するのはどこの誰だ!」
 最前線で槍を振るう男が返答する。脇腹が裂け、腿のあたりまで自分の血に汚れている。カタンはメリュオアに合図してウクライに即座に近づいた。
「第一大隊総司令、カタン・ガータージ!」
 メリュオアが瞬発したのとタイミングを合わせて槍を鋭く前に突き出す。ウクライの隣の敵兵の顔面に突き刺さる。
「ははっ、あのカタン・ガータージ、なるほど黒い竜騎士か!」
 ウクライがカタンを一瞥して陽気に笑った。空中を縦に旋回するとカタンの隣に並ぶ。
「最高等兵士殿と並ぶことがあるとは思わなかった。いかにも俺が義勇団のリーダーになってしまったウクライ・レクイズだ!」
 陽気な笑顔に浮かぶ、大量の脂汗。
 海上の風が激しくなりつつある。竜から落ちないためには力をいつも以上に込めなければらならない。傷が痛むのだろう。
「前線はこれから王国軍が担いましょう、義勇団は一度お戻りください」
 敵と対峙しながら、カタン。ウクライが鼻を鳴らした。
「それはありがたい。他の奴らをどうか戻らせてやってくれ」
「頼みます」
「おう!」
 笑顔のまま、ウクライが槍を振るった。鮮血が空に舞い散る。
「義勇団! 一度港に戻れ! 各々タイミングを見つけてな!」
「「おう!」」と、声がそろった。そろった声を聞いてカタンはニコリと笑う。
「殿は俺が。ウクライさんも早く港へ」
「リーダーが先に戻れるか。俺も殿だ」
 ふふ、と声を立ててウクライが笑った。
「黒い竜騎士。ついでだ、俺の無駄口に少し付き合え」
 カタンは眉を上げた。敵の真っただ中で無駄口など、と非難しようかとウクライを見たが、すぐに口を閉じた。
 死を、覚悟した顔つき。
 もとから、生きて明日を迎えるつもりがなかった顔だ。
「船が燃えたのを見たか? 船が沈んだのを見たか?」
「えぇ。港の最前線には剣士と魔道士らしき人物がいました。魔道士の仕業でしょう」
「沈んだのはな。だが、船を燃やしたのはあいつの――俺の息子の指揮だ。海上で船を燃やすなど、俺は無駄なことだと思っていた!」
 だがな、とウクライが声を上げる。止まることなく槍を振るいながら、確実に傷は増える。
「敵船の列が乱れた、あいつはそうしたかっただけだ! 時間を稼いで、戦力が増えるのを待ってた、王国軍を信じてな!」
 はは、と力の限りにウクライが笑う。
「“信じる力”はかくもでかいかと、俺に教えてくれたのは、俺の息子だった! 俺の人生に微塵の悔いはない!」
 ウクライが渾身の力で振るっただろう槍が、宙を裂いた。カタンはウクライを見たが、すぐに目を伏せ、前を睨み据えた。ウクライが倒したかっただろう敵が目の前にいる。
 メリュオアが宙を翼で叩く。前に瞬発する。カタンは槍を高らかに掲げ、前に突き出しながら叫んだ。
「王国軍の天騎士たちよ! フリクの期待を裏切るな!」
 カタンの背後で、ウクライの体がぐらりと傾いて、竜の背中からすべり落ちた。
 おそらく海に落ち、水が跳ね、身体は海底へと沈んで行ったのだろう。カタンはウクライを見ずに思う。『必ず』と。
 必ず、この街は護ろう。
 二度と自分の故郷のような焦土の街を作らないためにも。
 自分の判断が正しかったことを、自分に証明するためにも。
  
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