49.乗り越えた先に

   空では戦いが始まった。  ウクライの号令に義勇団の天騎士たちが敵へ突撃してゆく。フリクの海の上で、竜騎士や天馬騎士たちが互いの戦力を削り合っていた。
 エアーは港に築いた矢を防ぐための簡易な柵の前に立っていた。
 海風が激しくなっていく。もうすぐ雨が降る――もしくは嵐か。
 徐々にマウェートの軍艦が近づいてくる。
「それじゃ、そろそろ始めますか」
 ぼそり、と呟くように。
 軍艦に注意を払いながら、エアーは半分だけ振り返った。柵の中で隠れている魔道士に、ニコリと笑いかける。
「勝利の基礎になるんで、しっかりよろしくお願いしますね」
「し、従ってやるけど……本当に平気なんだろうなっ! 本当に勝つんだよなっ」
「もちろん」
 エアーは笑顔で虚勢を張った。
 エアーとて必ず勝つという自信が完全にあったわけではない。けれど、“勝たなくてはならない”と思っていた。何をしても勝とうと思っていた。
 このフリクを、護るために。
「だからお願いします。勝利を導く炎を」
 唾を飲みながら、魔道士が頷いた。手を組んで、祈るように魔法を唱える。
「具現するは願いの形。オポルタル!」
 海が、炎に包まれた。港を囲うように炎が海に上がったのである。
 だがマウェートの軍艦はひるむことなく炎の中を進む。――分かっていたことだった。魔法についてはウィアズ王国よりもはるかに精通しているマウェートだ、炎が幻であることぐらいならば、すぐに看破できただろう。
(まっすぐ、くる)
 エアーは片手をあげて背後に合図を送った。合図に弓士数人と、魔道士数人がエアーの周りに集まった。
 魔道士の一人を捕まえて、エアー。目線はマウェートの軍艦を見つめたまま。
「俺が知ってる呪文言うんで、後に続いて魔法唱えてください。すっげーのやりますから」
「は? お前魔法使えたっけ?」
「全く。呪文使ったって煙一つ立たないくらい魔法は使えません。だから、よろしくお願いします」
 ある特定の言葉を発すれば、魔法は形となる。魔力による強弱はあるにせよ、魔力ある人の言葉に天魔の獣たちが力を貸すのだと言われている。
 故に魔法を使えない人物など皆無――と言われていた。
 例外はおそらくエアーのみだ。理由はおそらく赤紫の瞳故。他の持ち主も同じく魔法が使えないのかはエアーに分からなかった。
 けれど自分の瞳の色が、マウェートにとって嫌悪すべきものであることは知っていた。
 だから、と。
「貫くは力」
「貫くは力」
「突き進む光」
「突き進む光」
「広がる炎」
「ひ、ろがる、炎」
「集約する水」
「しゅ……お、俺には無理! これ無理だっ! 魔力が足らないっ! 使ったら死ぬ! 今の状態で死にそうだっ」
「マウェートが炎を抜けるぞ!」
 声が上がる。エアーは海を睨みつけ、奥歯を強く噛んだ。
「わかった、火矢だ! 予定通りシールド解除の魔法のタイミングを合わせてくれ! 直後に火矢の雨だ!」
 おう、と声が返った。どこか不安ある声。
 エアーは一歩も動かず、海を睨みつけたまま。


「さっきの魔法。魔力が足りないとか叫んでたけど、完成しなかったのか?」


 頭上を竜が通り過ぎて上昇していく。エアーは声に振り返り、竜から降り立った男を見て首を傾げた。――見たことのない男だ。
「それ、俺が唱える。たぶん見た時も使った時もない魔法だ。ついでだから呪文唱えなくていいように感じ覚えるから」
 だぼだぼの大きめのマフラーを巻いて、マントを羽織った男。短めの黒髪がやわらかく風に舞った。
 颯爽とエアーの横に並ぶと、シールド解除の魔法と同時に放たれた火矢に、軽く魔法を投げつけてさらに炎を大きくする。火矢は先頭の軍艦の甲板に突き刺さった。
「俺は第一大隊二番隊所属の魔道士ワイズ・サティだ。隊長がアタラ高等兵士に頼まれて選んだ魔力がある黒魔道士だから、魔力は心配しないでくれ。ウィアズ国内でも指折り……たぶん」
 実を言えば彼もまた、王国軍の中ではそこそこに名前が知れた人間である。魔道士内ではほぼ知らぬ者はいない、“火の精”の異名を持つ男だ。炎属の覇者、召喚獣ワイズスティンを従えている。――とはいえ、その甘い容姿と彼の癖が原因で、特に女中や女魔道士たちに人気なのだが、それはまた別の話である。
 エアーはワイズを見て、微笑を湛えた。
「ありがたい。もう一回先導するから、続いて唱えてくれ。絶対あの船沈められるから」
「沈ませさせる気か」
 あはは、とワイズが軽く笑った。
 軍艦を見つめて、にやりと悪戯に笑う。
「それ、ノッた」
「よっし。少し早めに行くからな」
 エアーも虚勢で笑って、息を吸い込んだ。
「貫くは力。突き進む光、広がる炎、集約する水、打ち破る雷、かき消す闇」
 一気に唱えたエアーの呪文を、ワイズが一言一句間違えずに続ける。続けている最中、ふと、眉をあげた。
「形は突でも球でも角でもなく、力のみが存在。力という形を持って姿となす」
 エアーの言葉を繰り返していたワイズが不意に片手をあげて、前方に向けた。すると手の平の前に全ての色を持つ蠢く何かが生まれた。
「「これは制裁する力。真直ぐに己の道を突き進め、アンダガロアスト」」
 最後、ワイズがエアーの声に合わせて呪文を唱えた。実は唱える間他の魔道士たちにシールドを再び解除させていたエアーは、改めてワイズを見、目を丸くする。
 ワイズの掌に生まれた光が、うごめく姿のまま、真っ直ぐに海の上を突き進んだ。ワイズが手を掲げていた先は敵船だ。二艘、縦に並んでいた敵船に、光が真直ぐに突き刺さり、二艘ともを貫いて消えた。
 周りが、しんと鎮まった。言いだしたエアーですら言葉を失って、数秒。
「シールド、貫通した、よな?」
 ワイズがエアーに目線を向けて、片手をあげて親指を立てた。
「したらしい」
「これ、知ってたのか?」
「最後だけな。威力が威力だから、試してみたことなかった」
「あは……はは……」
 エアーが渇いた笑いをたてた、間。
 ゆっくりとマウェートの船が傾く。
 周りが、徐々に騒ぎ始めて、エアーとワイズと、目線を合わせて。
「大成功、って、ことで?」
 エアーが肩をすくめればワイズが楽しげに笑った。
「大成功。勉強させてもらった」
 お互いの片手を挙げてぱしんと打ち合う。途端に海岸にわっと歓声が上がった。不安ばかりだった地上に、希望が湧いて出た。
 エアーはすぐに海に目を向けて、目を細めた。
 もうすぐ王国軍の地上隊が合流するだろう、空ではすでに王国軍の天騎士たちが義勇団に加勢している。
 明らかに動揺したマウェートの船の中、迷わず向かってくるひときわ大きな船がある。――あれこそ、指揮官の船だ。
 相手が迷わないのなら、こちらも迷ってなどいられない。
 不安などに、押しつぶされはしない。
「エアーっ」
 王国軍の兵士たちより先駆けてやってきたエリクが見たのは、前を睨み据えたエアーの姿だ。遠かったが故に声はかき消されてエアーには届かず。さらに近付こうとした足を、エリクは不意に止めた。――急に何かが、不安になったから。
 エリクは不安に押しつぶされて、足が竦んでしまったのだ。
  
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