43.祈願

   ざ、ざ、と兵士たちが歩いていく音がそろって聞こえる。城の内門から城壁の外門へ、第二大隊の兵士たちが並んで歩いていく。中に第一大隊の兵士もちらほらと混ざっているが、隊列が乱れた様子はない。
 エリクはクォンカとホンティアの間にはさまれながら、真直ぐに第二大隊の行進を眺める。胸に手を当てて、しっかりと足をそろえ、敬礼の姿勢を崩そうとせず。
 空から天馬の真っ白な羽根が地上へと落ちる。エリクの頭にも落ちたが、風によってすぐにどこかへ飛んでいった。
 頭上には第二大隊の一番隊の竜騎士と二番隊の天馬騎士がゆっくりと飛んでいた。道を作るようにいる第一大隊の竜騎士と天馬騎士との間を。
 彼らの上にあるのは曇天だった。どす黒く、どうして雨が降らないのだろうと不思議にさえ思う。
 横のクォンカはやはりまっすぐに前を見据えていた。いつもの親しみやすいような笑いは、今日はほとんど見られていない。
 反対側のホンティアは微かに笑みを浮かべていて、唐突にふっと短く笑った。
 第二大隊三番隊弓士。三番隊が通りすぎると、三番隊の殿にいた高等兵士が外門で振り返り、一礼をしていった。ホンティアはどうやらそれが面白かったらしい。たしかに、この仕草をする高等兵士は第二大隊三番隊長しかいない。
 四番隊の騎士が馬にまたがって横道から入り、通り過ぎて行く。馬屋から続く行列はひときわ長く、ひときわ多い足音を立てて通り過ぎていく。
 一人が、くしゅん、とくしゃみをした。黒髪の、ウィアズ王国なら珍しくない容姿の騎士だった。誰も言葉を発しない空間で、「誰か俺の噂でもしてるのか」と小さくぼやいている声が丁度エリクの頭の上で聞こえた。
 四番隊が通りすぎる間に、馬の間から城の内門を横目でみやった。控えている五番隊がいるはずである。
 やがて馬の足音も消えて、副官が一礼をして去っていく。
 続けて五番隊の剣士たちが続いてくる。先頭は隊長のノヴァではなく、ノヴァの副官だった。軽い鎧を身を纏い、しゃんとした歩き方で進んでいく。目は燃えるような赤だった。
 ざ、ざ、と歩く音が怠慢になるほどに続く。エリクは中に混じっているはずのエアーを探してみたが、見当たらない。少しだけ訝って横目でクォンカを見上げても、クォンカは相変わらず前を見据えたままである。
 五番隊の中腹に差し掛かると、唐突に背中を誰かに押されて、エリクは慌てて前に足を振り出した。ぎりぎりに立ち止まるが、横でクォンカがぼそりと。
「行け」
 ホンティアは少し笑いを浮かべると、弓を持った手でエリクの背中を押す。押し出されるようにエリクは五番隊に混ざると、小さく舌打ちをする。
 何事も無かったように五番隊の開いていた場所に入り、一緒に歩きながらクォンカを振り返った。
 クォンカはやはり前を見据えて、横には五班の班長が最初からそこにいたんだとばかり立っている。
 エリクは頭をかくと、微笑を浮かべる。
 ややあって、五番隊も外門から去っていった。
 次に出てきたのは六番隊、魔道士たちである。六番隊隊長であるはずのアタラもまた、先頭にはおらず、やはり副官が先頭を歩いていた。
 どの隊よりも早く通り過ぎて行く六番隊を眺め、クォンカは見据えた先を城の内門へと移す。
 軽い正装をした三人が、横に並んでいる。
 三人の真ん中に立つノヴァは全体に向かって礼をすると、徐に歩き始めた。
 途中ノヴァはクォンカを一瞥したが、他は何も見ず、真っ直ぐを見る。斜め後ろに続いているエアーは内心「こんなはずじゃなかった」と言いたかろうが、外面は平気を装っている。エアーとは対の位置に並んでいるアタラはいつもと変わりない。
 外門に辿り着くと、アタラが振り返った。
 右手を斜め上空に掲げ、声をあげる。
「イル・ゼン・デンブ! ウィアズ王国に幸いを! フリクの平穏を!」
 ノヴァとエアーは立ち止まってアタラに振り返る。アタラの行動は唐突だったが、二人は平静を保ったままだ。
 道に並んでいた兵士の一人が、同じく右手を掲げて声を上げる。アタラと同じく赤紫のローブを着る魔道士、第一大隊二番隊長ピーク・レーグン。
「イル・ゼン・デンブ! 皆の無事を!」
「アル・ゼン・デング! 我々は期待を受けよう!」
「アル・ゼン・デング! 我々も期待を受ける!」
 アタラとピークが唱え合うと、二人の掲げた手から金色の光の球が空へと放出され、全員の頭上で弾けた。金色の紙くずが降り注ぎ、すぐに消えて行く。
 アタラは口の端をあげて笑うと、颯爽と踵を返した。
 ノヴァとエアーは同時に礼をすると、アタラと共に立ち去って行く。
 全員が立ち去ったのを見送って、クォンカは天魔の獣たちの聖印を切った。
「天魔の獣たちのお導きがあらんことを」
「空からくるのは決して天魔の獣たちなんかじゃないわ、雨よ」
 ホンティアがのびをするように手の平を空に向けた。空は曇天だが、雨は降らず。
 クォンカは顔を上げると、ホンティアを見た。ホンティアはクォンカを一瞥すると、脾肉そうに口の端を上げ、短く笑って見せた。
「血の雨に決まってるでしょう?」
「そういうことを考えるからこそ、天魔の獣に頼むくらいはしたくなるもんだろう」
「いいわね、クォンカは」
 ホンティアは空に向けていた手の平を握り、自虐のような笑いを浮かべた。目線は空のどこかを虚ろに眺めている。
「私はとうの昔に、天魔の獣たちなんて信じられないものだと信じきっちゃったもの」
 生ぬるい風が通り過ぎる。
 ホンティアの台詞のように、不穏さをはらんで。
  
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