42.勇気

   訓練場の中に、ずらりと並んだ剣士たち。それぞれ班ごとに並ぶ順番が決まっている。
 班員の一歩前に出たところに並ぶ班長達で一番遅かったのはエアーだ。エアーの右隣は空白で、左隣の四班長がちらりとエアーを見て、すぐ前を見た。
 剣士たちの前には、隊長であるクォンカ・リーエ。隣に副官のオリエック・ネオンが並んでいる。オリエックは全員が並んだのを見計らって、エアーの右隣に並んだ。
「少し、遅いな」
 呟くような、クォンカの声。訓練場の中がしんと鎮まる。落ち着かない静寂。
「まあいい。俺も会議で遅れたからな、今は気にしないことにするか。それより、だ」
 改めてクォンカは剣士たちを見る。クォンカの笑み一つ浮かべない顔。剣士たちに否応なく緊張が走る。
「知っている奴もいるとは思うが、フリクが正式に叛旗を掲げた。フリクが武器を持って反抗するのなら、対抗するのは俺たち王国軍だな。最終的な説得はする。だが下手をするとフリクの住民たちを征伐しなきゃならん。だが、今回その役目は第二大隊だ」
 クォンカの口調は至極涼しい。何事もないような口ぶり。
「……内乱なんてものは久しぶりだな。初めて経験する奴も多いだろうが、これも俺たちの仕事だ。躊躇するな」
 何を、とエアーは口の中で問う。言葉にできなかった。自然、両手に力を込めていた。
「とはいえ、俺たちはいつもの通り王城でいつもの業務だ。たとえ戦うことになっても第二大隊が負けるはずもない、安心して待ってろ」
(安心って……何を)
 他人事ではなかったから、エアーはクォンカの言葉を聞きながら、必死で考えていた。
 最善の道を。
 自分ができる、最上のことを。
「……まぁ、言いたいことがある奴は後で俺に来いよ。早めにな」
 エアーは自然と落ちていた目線を上げてクォンカの顔を見た。自然と、なぜか目が合う。
「以上だ」
 一間の静寂。
 ためらいがちに誰かが返事をして、訓練場に並ぶ剣士たちから返事が上がる。
 様を、クォンカは苦笑を浮かべて聞いていて、「よし」と一瞬だけ、笑みを見せた。
「各人準備にかかれ!」
「はい!」
 合図のように剣士たちが一斉にばらけた。
 エアーは同じ場所で立ちつくしたまま、クォンカの姿を見つめていた。
(考えろ、って言われてるのか?)
 違う。
(答えを聞かせろって、言われてるのか)
 ――ならば、先へ。
 先へ、なけなしの勇気を振り絞って進む。
「隊長」
 エアーはクォンカの姿を見つめたまま。声にクォンカが眉をあげてエアーを見た。エアーに話しかけようと近づいていたエリクはエアーの顔を見て、足を止めた。
 騒がしくなった訓練場だというのに、大きくもないエアーの声は、すんなりとクォンカの元へと届く。クォンカは微かに微笑んで見せた。
「どうした?」
「はい。……ノヴァさんに、ついて行っても」
「おう、ちょうどノヴァがお前を呼んでたところだ。行ってこい。だが、」
 不意にクォンカがエアーに近寄った。ぽん、と肩を叩く。
「必ず、帰ってこいよ」
「はい! 必ず!」
 エアーはクォンカから一歩離れて、勢いよく頭を下げる。なけなしにふりしぼった勇気に答えてくれたことに対する感謝、勇気を分け与えてくれたことへの感謝。すべてをこめて頭を下げたのち、エアーは鋭く身をひるがえして訓練場の外へと走る。颯爽と。
「どこでノヴァさんが説得に行くって知ったんでしょうね?」
 至極軽い歩調で、オリエックがクォンカの隣に並んだ。クォンカはオリエックの姿を横目で一瞥して、エアーが走り去る訓練場の入口に視線を送る。
「勘と、力量による確信だろうな。ところでオリエック」
「はい。俺もノヴァさんだろうなと思っていたので」
 俺は何も言っていないぞと、クォンカが改めてオリエックを見やって、ふうと嘆息する。オリエックは満足そうだ。オリエックの表情を見やって、力を抜いたクォンカはゆっくりと歩き出した。すぐにオリエックが続く。
「ところでオリエック」
「あぁ、先に言っておきますけど、俺は嫌ですよ」
 白々しい笑みのままオリエックが返答する。エリクは自分の目の前を通り過ぎる二人の様子を訝って見た。クォンカがオリエックの名前を呼ぶと、かなりの確率で脈絡のない会話になる。オリエックがするクォンカの質問を飛ばした返答は、ある意味恐ろしい。
 クォンカはオリエックの返答を聞くと、「やっぱりな」と。
「この件についてはあと半年くらいは放っておく」
 何を放っておくんだか、とエリクは踵を返し、両手を天井に向けて嘆息した。
「エアーがいないとつまんないよなあ」
 ふと、エリクの呟きにクォンカが視線を送った瞬間である。
 訓練場の入口に見習兵士らしい少年が息を切らせて駆け入ってきた。
 年の頃合いは十歳ほどか。金色の髪で元気な表情。意味もなく「はい!」と声をあげて手を上げた。
「第二大隊が出発します! 第一大隊各小隊代表十名、城の内門に集合するようにとのことです!」
 言うと少年は頭を下げてすぐに踵を返し、次の訓練場へと駆けだしていく。何の装備もしてなかったからどの士種の見習かは分からなかったが、クォンカはふと、見覚えがあるかなと考えた。――余談ではあるが実は第一大隊六番隊長、竜騎士シリンダ・ライトルの一子である。有名な話ではあったがクォンカも、隣のオリエックも深くは考えなかった。
「十人ですって。誰選びますか?」
「俺は必ず行かにゃならんな。高等兵士が出てないと失礼だろう。あとはエリクを連れて行くが」
「御指名ですか?」
 エリクはちょうど、掲げていた両手を頭の後ろで組んだところだ。いつものようにへらへらと笑いながらクォンカに振り返ったが、クォンカの表情を見て笑いを辞めた。
 クォンカは至極真面目な顔で「まあな」と。横目で三番隊全体を見てから、エリクを見据えた。エリクは思わずゆっくりと頭の上の腕を下ろす。
(隊長最強に機嫌悪……っ)
 エリクは見据えられたクォンカの顔から目が離せずに、ごくりとひそかに唾を呑んだ。クォンカはエリクの心境を知ってか知らずか、至極ゆっくりと口を開く。口を開くであろうと予想できる時間を与えられているような気がするほどゆっくりだった。
「見送りの十人のうちにエリク、お前を連れて行く。他には――オリエック。四から順番に班長をよこしてくれ」
「分かりました。俺は残ります」
 オリエックがすぐに踵を返す。腰に下がった剣が、遠心力にかちゃりと金具を鳴らす。
 エリクは変わらず見据えられたまま、あぁそうだ、と思った。オリエックのどこか緊張をはらんだ動き。クォンカの機嫌の悪さ。――経験したことがある。
 クォンカを見据えたまま、エリクは口だけを動かす。
「隊長――」
「六班長いません!」
 エリクの声は他の声にかき消されてクォンカの耳に届くことはなかった。クォンカは造ったように気を抜くと、エリクから目を離し、訓練場を出ていった。
「オリエックさん! 八班長もいません!」
「今いない人の分は次の番号の班長が勤めるように! それでもいないときは副班長が!」
「俺います! 八班長います!」
「ならすぐに隊長の後を!」
 代表が次々と訓練場を後にして行く。様を少しだけ見送り、エリクは「うしっ!」と、拳を握って気合を入れた。
「エリク・フェイ、隊長のすぐ後ろを勤めさせていただきます!」
 エリクは木で出来た床を蹴りだす。
 ――誰を見送るのか、誰が見送られるのか。
(もう俺たちしか残ってないんだぜ。だからせめて、お前だけは一緒にいさせてくれよ)
 きっと自分は、願いを叶える為に行く。
  
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