4.高等兵士たちの願い

   エアーが出て、会議室の扉が再び閉められる。閉められた瞬間、国王がふぅと息を吐きだした。
「これでいいんだな、クォンカ」
「はい」
 クォンカが再び頭を垂れた。
「陛下にも付き合っていただいて申し訳ありません。ですが、六三年に昇格した剣士たちにも、いいきっかけになると思います」
「きっかけ、か。クォンカ、お前にもきっかけとするが、いいな」
「もちろんです」
 クォンカがにこりと笑って、席に座る。
 クォンカとは反対側に座っていた壮年の男が、ふん、と息を吐く。第二大隊二番隊長騎士アンクトック・ダレム。
「それにしても、あれがクォンカのお気に入りか。アタラに啖呵を切ったのは認めるが」
 アンクトックの発言で堰を切ったように高等兵士たちの雰囲気が緩んだ。手もあげずに隣の席、第二大隊の総司令弓士ナーロウ・ワングァが続ける。
「この場であのような発言は失礼に値するぞ。どういうつもりだ」
「まぁまぁ、ナーロウさん。あのガキもクォンカの被害者っすから、そこは大目に見てやってください」
「ふん、でかいガキであるピークにガキ呼ばわりされるとは相当か。俺が育てていればそんなことにはしないものを」
「機嫌が悪いな、ナーロウ。それほど気に食わないか? いいじゃないか、たまには」
「よくはないが、“たまには”許そう。ロウガラに免じて、ノヴァがいいと言うなら」
 話を振られたノヴァがナーロウを見た。
「構いません。俺も賛同した結果です」
「クォンカにノヴァ。気になってはいるんすけど、これきっかけに剣士ごっそり抜けても平気なんすかね? そもそもあの事件で、見習兵士の剣士どもごっそりいなくなったっしょ」
「はっきり言わせていただけるなら、」
「中途半端な気持ちで戦いに加わられるよりはましだ」
 クォンカの言葉を引き継いでノヴァが向かい側に座る魔道士、第一大隊三番隊長ピーク・レーグンに言い放つ。ピークの二つ隣で、第一大隊の総司令である騎士リセ・アントアがため息をついた。
「誰も彼もが全てを心に決めてここにいるわけじゃないさ、ノヴァ。ただ、お前らの言いたいことはわかる。この国は、自由の国だからといいたいんだろう?」
 リセの言葉にクォンカが笑顔になる。クォンカはリセが率いる第一大隊に故意にいた。
「その通りです。軍に対して恐怖を持ち続けてまで、王国軍にいる必要はありません。陛下の前で失礼だとは思いますが」
「かまわん。それはそうとホンティア。お前の隊の人間が、ことの全てを見ていたそうだな。チェオ・プロが諜報員だという証拠もあるのだろう」
 指名されたホンティアは国王にニコリと笑いかけた。この雰囲気の中では立たないことも多い統合部署だ。ホンティアは座ったまま答えた。
「えぇ、隊員の一人が託されて。殺害された弓士――デコラーヴェ・イクヤというんですが、彼が見守るように頼んでいたそうです。勿体のないことです」
「ふむ、これで無罪は確実だな。クォンカ」
「はい。そのようです」
「それでもお前は、あれを外に出したいんだな」
「畏れながら。エアー・レクイズはいい剣士に――もしくは、いい軍人になれるだろうと思っています。両方であればなおよいのですが」
「贅沢をいう。そのような人材があれば、私も文句はないが」
 喉を鳴らして国王が笑った。
「アタラ・メイクル、カタン・ガータージ」
 国王は今年昇格した二人の高等兵士の名前を呼んだ。ほとんど対角線上に座っていた二人が同時に返事する。
 国王は机に肘をついて、悪戯に笑って見せた。
「このようにわがままな高等兵士もいる。お前たちもたまにはわがままを言っても構わんぞ」
「はい……あぁ、いえ」
 竜騎士カタン・ガータージは半ばぽかんとして答えた。高等兵士という肩書を持って改めて座らされたこの統合部署という会議は、思いのほか息苦しくはない。確かに息苦しい空気になることもあるけれど、自由に発言する場面では本当に発言が自由だ。それぞれの性格がふとしてみえる。関わりのなかった地上隊の人間の様子が少し、わかってくるように思えた。
 カタンはやはり悪戯に、ニコリと笑い返して答える。
「やはりしばらくは、自重しておこうと思います」
「なるほどありがたい。では、次の議題に移る」
 国王が話題を移すと、再び雰囲気は鎮まる。
 統合部署は滞りなく進んで、一時間後には済んだ。そも大きな議題もなかったから。
 カタンは統合部署が終わると一同に一礼をして即刻会議室から飛び出す。
 クォンカがエアーという少年を成長させるために外に出したいと言うのなら、ちょうどいい人間がいる。
 そして自分も聞きたい、彼の意見を。

■■□

 時は戻るが、式典の半月前のことである。斜陽が入り込む食堂は第二大隊の二番隊である騎士たちで埋め尽くされていた。ウィアズ王国は小隊毎に決まった時間に食事の時間が来る。第二食道は第二大隊の、今は二番手二番隊の食事時間なのである。
 その中に一人、竜騎士がいた。長い黒髪が否応なく目に入るカタン・ガータージである。時間も使う食堂も違うくせに、何の違和感なく溶け込んでいて、女中も気にすることなくカタン分の食事のトレーを渡している。
「さぁ、」
 テーブルにはカタンを含めて三人。一人は呆れた様子で通路から一番奥の席に座っていて、後の二人は向かい合った席で立ち上がって睨みあう。
「「どっちだ!」」
 バン! と二人同時に机をたたく。奥の一人が大きなため息をついた。
 少しの間二人とも睨み合ったまま黙る。うち一人、ウィアズ王国では一般的な黒い髪と、色素の薄い茶色の眼をした青年クレハ・コーヴィが、座っている一人に顔を向けた。
「おいティーン! どっちなんだ! お前はどう思う?」
「同僚に助けを請うのか!」
「違う! こいつは、あれだぞ……俺がどんだけ親友だってのに、助け船も何も、客観的に意見を言える」
 至極こっそりと答えたクレハに再び嘆息したティーン・ターカー。茶色い髪茶色の瞳、座っていて目立たないが背はかなり高い。
「話が見えない。私にもわかるように話さなければ、意見を言うも何もないだろう」
「だってティーン! 聞いてないのかよ!」
「何を」
「こいつ、あの美人騎士プラマさんといー感じなんだってよっ!」
 ますます頭が痛そうにティーンが頭を抱えた。ちなみにクレハが言うプラマとは、第一大隊一番隊の騎士なので、この食堂にはいない。クレハの大声での主張に、何人かが振り返る。――悪意が混じる眼。
「まさかだろう。だいたいカタンは竜騎士だ。騎士ならまだ信憑性のあるものを――」
「けど、カタンだぞ」
「どういう理由だ」
「なんか腹が立つほどもてそうというか、こんど高等兵士になるし……」
 カタンをまじまじと見つめながらクレハ。カタンは不機嫌に答えた。
「ありえない」
 その返答も悪意の目の主にさらされる返答である。
「俺は騎士にはクレハとティーン以外の知り合いはいないし、女性は全くだ」
「じゃなんであんな噂立つんだよ。火のないところに煙は立たないんだぜ?」
「思うに……ただの噂だろう? 俺が高等兵士になるのに乗ってできたんじゃないのか?」
「んー……納得いかねぇ」
「いい加減にしろ、クレハ。本人がそうでないというのなら、そうではないのだろう。だいたい、カタンの今の状況ではそれどころではないのだと思うが? カタン」
「そうだな、それどころじゃない。引き継ぎの資料とか、決めなくてはならないこととか、案外に短期間で求められるものなんだな」
「らしいな」
 三度ティーンは息を吐いて、すっかり忘れ去られていた食事に手をつけようとする。水を一口飲んでいると、クレハが諦めたように席に座った。
「なんだぁ、つまんねぇ」
「まったく……」
 飽きたていでティーンが呟く。カタンも席に座った。
「それより、俺は信憑性の高い話を耳にしたんだが」
「ん?」
「また旅に出る準備をしてるそうだな、クレハ」
「げっ」
「今旅に出たら、また式典には帰ってこれないな」
 クレハの目が泳いだ。一瞬ティーンにぶつかりそうになって、あわてて反対側に視線を逸らす。
「さぁどっちだ? ただの噂なのか?」
「それは……その……」
 カタンとティーンの二人の頭に、「確信」という文字が現れた。
「クレハ、また中等兵士昇格を蹴って旅に出るつもりか?」
「あはは、悪いな、ティーン」
「何年になったと思っているんだ」
「五年だ」
 クレハが自慢げに掌を広げてティーンに見せる。
 胸を張っているクレハの姿を見て、ティーンは震える息を吐く。手を握ると今度は大きく息を吐いて机に打ちつける。
「威張れることじゃないだろう!」
 普段、滅多に聞くことのできないティーンの荒げた怒声である。ティーンの声に何人かが再び視線を投げかけたが、この隊の隊長アンクトック・ダレムとその副官以外はすぐに目線をそらした。
「最初から階級あがるつもりなんてないもんなー、俺。カタンもティーンも俺が旅に出るたびに怒鳴ってたら切りないだろ? ほら、俺の夢は、」
「……世界中を旅すること、か」
「そうそう。ティーンと離れるのもなんだからついてきたけどよ、そこらへんは許せよ」
 クレハは言って、けらけらと笑った。悪意の欠片も悪気もない。ティーンはクレハの顔を見て、力を抜いた。この顔を見ると怒る気すらなくなるのだ。
「いい最高等兵士になれよ、カタン」
「クレハ、カタンはまだ高等兵士だ」
「いつかなるよ。そんな気がするのさ」
 カタンは照れ隠しに、「まったくクレハは」と答えた。クレハが言えば本当に実現しそうな気がする。不思議な魅力をもった男だ。自分よりもずっと、と思う。
「もったいない男だな、クレハは」
「俺のどこが? カタンは俺を高く見過ぎだ」
「まったくだ」
 言って、三人で笑った。
 食堂のほかの一角で、三人の様子を見ていたアンクトック・ダレムは呟く。
「良い騎士になると思ってたんだけどな……」
 ぼやきだ。傍で聞いていた副官がくすりと笑う。
「いい騎士になったじゃないですか。隊長の眼に狂いはありません」
「慰めなら要らんぞ」
「いいえ。確かにいい騎士なりました。でも軍人としては問題なだけです」
 なるほど、とアンクトックは納得する。言いえて妙。
「でもティーンは軍人としても立派になりました。いい騎士です」
 アンクトックはふむと自分の副官を見やる。歳はあまり変わらない。壮年の騎士。
「とすると、お前はあれか?」
「はい。俺の後任は是非ティーンに。クレハがいない間にみっちりしごきますから」
「よぉし、頼んだ」
 アンクトックが悪戯に笑う。高等兵士の中で在任期間が長い三練士の一人だが、中でも一番子供のような表情で笑う。
「あのバカ友どもをどうにかしろ」
「できるかぎり」
 そして三練士の中でたった一人。昇格当初「あの男をどうにかしろ」と他の高等兵士に言われた騎士でもあった。
  
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