104.すれ違いの道々

   事前に用意していたのかと思うほど早かった。ピークの耳に届いた次の日にはウィアズ王城に情報が届くほどだ。要因は人々の注目度という点のみ。意図していたとしたら、驚愕した周囲が全て、エアーの実力を見誤っていたことになる。 『新しい高等兵士』であるエアー・レクイズが、とある町を根城にしていた『盗賊』たちの大半を殺して、街を解放した。それも本拠地に乗り込んだのはたった一人なのだという。
 ファルカの賊たちほど大きな組織ではなかったにしろ、この話の効果は大きかった。賛辞を贈る人間と否定する人間がいて、声高らかに議論を交わす。耳の端に聞こえた内容を脳裏にとめる通行人たち。
 人々の反応は様々で、ウィアズ王城ではカタン・ガータージ・デリクがいきり立っていた。
「ノエルからの報告は?」
 口調では怒りを噛み殺してカタンは穏やかに問うた。噂話を告げた竜騎士は肩を竦めた。
「俺には、何も」
「俺にもだ。話が広まるほうが早いなんて…真偽を確かめないと」
 カタンは考えるように腕を組んだ。隣では先ほどの竜騎士が眉をあげた。
「事実なんじゃないんですかね」
 軽く答えた竜騎士を改めてカタンは見やった。竜騎士は軽く肩を竦めて見せる。
「なんとなく、ですけどね。カタンさんと喧嘩してるって話を聞いてたから、これぐらいしてもおかしくないんじゃないかなって」
「それは偏見だ。エアーが全て悪いわけじゃない。エアーの言葉にすぐ熱くなる俺が悪いんだ。だから理由にはならない」
「へぇ」
 てっきり、と続けて。
「意見が合わないってんだから、とことん合わないからかなって、思ってたんですけど」
「時間はかかるだろうけれど、分かり合えるはずさ。心配するようなことじゃない」
 前回の戦いの時も最後には納得してくれた。何度もぶつかっても、いつかは、と。
 カタンはエアーの決意など知りもせず願っていた。“分かってほしい”と。
 エアーはカタンの願いなど知りもせず、思っていた。“知るものか”と。
 後に自他ともに認める『永遠に相容れない二人』のすれ違いは、ここから始まった。


■□□


 エアーがファルカに戻ったのは五日後。その五日間、ウィアズ王国にエアーの話題は尽きなかった。
 何食わぬ顔でファルカの中央病院に戻ってきたエアーに出会って一番、ファルカ中央病院の院長を務めるルタト・カルファシエは怒鳴ろうと思っていた。だがエアーの顔を見て、怒りを噛み殺した。
 ルタトがじっとエアーを見つめて、少し。何も言わず二人立ち止まって、呼吸さえ止まってしまうような張りつめた空気が流れて、少し。
 ルタトが躊躇うように息をゆっくりと吸い込んだ。
「お帰り」
 エアーは面食らった。怒鳴られると思っていた。案外に静かな出迎えに、すぐに言葉を返せなかった。
「ピークさんが待ってるから、院長室に行ってほしい」
 エアーが答えられない間隙にルタトが言葉を続ければ、エアーは帰ってきたという言葉を失った。
「はい」
 ぺこりと頭を軽く下げてルタトの横を通り過ぎる、エアーは知らず息を止めていた。
 ――間違いではなかった。
 エアーは胸中で繰り返した。きっと、間違いではない。少なくとも自分にとって間違いはなかった。だからこそたった五日で戻ってくることができたのだから。
「一つだけ教えてくれるか」
 背中越しに声をかけられて、虚を突かれたエアーは足を止めた。平静を装って、感情を込めずに「はい」と答えた。振り返らないままに。
「どうして賊を壊滅させたっていうんじゃなくて、大半を殺したって噂を流した?」
「ただ、事実を」
 答えてエアーはルタトに振り返った。ルタトはエアーに背中を向けたままだった。
「事実が、伝わっただけです。賊たちは壊滅していない」
 真直ぐに、感情などなくルタトに向かう言葉。ルタトは溜息をついた。
「……あぁ、まだ、な」
「はい。壊された塊の破片は、それぞれが別の塊をつくります」
「最近こっちの賊の数が増えたらしいけど、あんたのその噂のせいだろう」
「おそらく。『ファルカにはなかなか手がだせないからだ』と言ってあります」
 ルタトは少し黙った。
 黙って、少し俯いた。
「……ピークさんのこと、頼まれてくれ。高等兵士寮じゃ同室なんだって?」
「はい」
「あの人好んで無理するから、やめさせてくれ」
「善処します」
「あんたもな、あんまり無理はするなよ。風邪は治ったか?」
「……おそらくは」
 答えてエアーは背中を向ける。生きる場所が違うのだと何度思えば思い知るのだろうとエアーは思った。暖かい言葉も優しさからくる態度も、自分には似つかわしいものではない。
 エアーは急いて足を振りだした。廊下を歩くエアーの足音にルタトは一度振り返ったけれど、肩を竦めて自分も自分の方向に歩き出した。
 きっとこんな風に、ルタトの歩く道とエアーの歩く道はすれ違っている。ルタトは過去に別の人間で思い知らされていたから、今回はすぐに分かった。向かいたい場所は一緒なのに、平行線にはならない。
 けれど構わなかった、あの時も、今も。
 おそらく時には交わり、ぶつかりあい、紆余曲折を経るだろう。だが相殺しあう道でなければかまわない、と。
 未だ迷いの残る若い力に思う。
 大丈夫、きっと大丈夫。
 自分にとって正しいと信じているなら、やりきっておいでと。そうすれば後悔は残らない。どんなに悲しい道だって――後悔は、残らなかったから。
  
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