――わかりそうで、わからない話だ。知恵は顔をゆがめた。当然だと言わんばかりの顔で答えた緋月は、知恵の表情を怪訝な顔で覗く。
「そうだな……」
 再び横から、忍。苦笑を浮かべている。
「僕は『空間』の管理者だから、『隔たり』の管理者の君とは感覚が違うだろうけど、一応ね。
 僕の場合は空間を御してるって感じなんだ。
 空間そのものにも『意思』があってね、空間の意思の自由にさせてたら、一歩進んだら別の場所だとかになりかねない。そうなると空間が存在していること自体が意味がないだろう? 距離の意味がないってことは広さにも意味がないんだから。空間を空間として存在させるためにも、僕のような管理者が必要なんだよ」
「空間に、意思があるの?」
「うん、そう。だから僕が『空間』の力を使って疲れると、気疲れの感じと一緒なのかもね」
 ――空間の、意思。
 知恵は心の中で忍の言葉を繰り返す。自分の時はどうだったろうと。
 知恵の横で水把がうーん、と唸る。
「私の『性質』の場合は……そうだなぁ、自分を動かすのと似ている感覚。知恵のはどっちなんだろう?」
「私は……」
 知恵は答えるためにさらに考えた。考えている最中にふと、目を凝らすと今まで見えなかったものが見えることに気が付く。――否、見える、ではないのだろう。感じている。
「……そこに当然あるもののように感じた」
 答えて、ストン、と体の中に落ちるように納得した。納得すると、それを具現するのも簡単のように思えた。まるで自分の手足のように。
 忍が破顔する。
「そうか。飲み込みが早くて嬉しいよ」
 きょとんと知恵がするのに、忍と水把が暖かく笑った。笑顔に知恵はさらに居心地悪く眼を逸らす。
「それで? せっかくだから緋月も。緋月はどうなの?」
 楽しそうに水把が問うのに、緋月は肩を竦めた。忍が答えろとばかりに横目で睨みつければ小さくため息を漏らす。
「……たぶん忍と一緒なんじゃねぇの?」
「その曖昧な言い方」
「いいだろ、別に。だいたい俺はそんな話を説明しに来たんじゃねぇ。聖に、伝言頼まれただけで――ついでに顔も覚えて来いって、聖の野郎……」
「うふふ、後でどうなってもしーらないっ」
 水把はやはり楽しそう。にこにことした苦言に緋月が怯えたように肩を揺らした。近くで忍が軽く嘆息。
「僕もしーらない」
 ――仲が悪い、と言うよりは忍が一方的に嫌って、緋月は忍を苦手としているだけ、という様子。緋月は周りに噛みつかんばかりの勢いに見えるのに、忍の苦言には少し諦めているようだった。
 緋月は忍を一瞥してため息を一つ、代わりにとばかり知恵を睨みつけた。
「明後日」
 なんで私が睨まれなきゃ、と知恵は思う。思って自然と知恵も緋月を睨みつけた。
「何?」
「明後日、朝の九時に部屋の外に出てろ。一〇時までに【時の門】に行く」
「【時の門】?」
「おう。仕事だ」
「何の?」
「お前の『隔たり』と、俺の『時』の」
 知恵が口を閉じた。不機嫌そうな顔。知恵の表情に、緋月がさらに機嫌悪く表情を暗くさせる。
「……何だよ」
「別に? お気に障ったことでも?」
「その、言い方がムカつく……っ!」
 緋月が噛みつかんばかりの表情で知恵を睨んだ。知恵は緋月の視線を受け、さらに不機嫌そうに緋月を一瞥した。
 二人の間で、場違いにくすくすと水把が笑っている。
「緋月、その言い方じゃまだピンとこないよ。知恵も分からなかったらその通りに言えばいいの」
「「………」」
「はい、喧嘩はお終いね」
「別に喧嘩なんてしてないけど……こんな馬鹿っぽい奴と」
「おい、誰が馬鹿だ! お前とは今会ったばっかりだろーが! なんで馬鹿になんだよ、このバカ!」
「だれがバカですって? あんた耳悪いの? 私は知恵」
「はいはい、聞いてたよ。俺も名前があんだけど? バカじゃねーよ」
「聞いてました。緋月さまさま」
「てっめぇ……本当ムカつく言い方しかしねぇやつだな」
「それはどうも」
 再び睨みあった二人の隣で、やはり場違いに水把は笑っている。水把の隣では頭が痛そうに嘆息している忍がいるけれど。
「最初から喧嘩する『時』と『隔たり』は初めてだよ」
「仲良くなれたみたいじゃない。緋月は人見知りなのに」
「人見知りじゃねぇ! 変な奴らと関わらないようにしてるだけだ!」
 緋月が噛みつく先を水把にした矢先に、隣の忍の冷笑。緋月が「げ」とごく小さな声で呻いた。
「へぇ? 僕らも変な奴らに入ってるんだ? 水把も?」
「いや……、水把は……違う、だろ?」
 なあとか知恵に何故か同意を求める。知恵も忍の表情に唖然としていて、「訊かないで」と。関わりたくなかった。
「ふうん?」
 誰、これ。
 知恵の正直な感想。忍の表情は冷たいを通り越して冷酷というか、テレビで見たどこぞの氷山のような――。
「あぁ、それより」
 ぱっと忍の表情が変わった。いつも通りの笑顔に戻れば、先ほどまでの冷笑の冷たさなど微塵もない。知恵に笑いかける、子供のような笑み。
「今日はこれから知恵の用事もないみたいだし、ここの世界案内するよ。僕も今日はこれからは自由なんだ」
「え?」
「明日からはまた仕事が入ってるからね。今日ぐらいしかないんだ。疲れてるかもしれないけれど、構わないかな?」
「かま、わないけど」
「なら行こう。暗くなる前に帰ってきたいからね。非常時じゃないと街灯もないんだ。道は分かるようになってるけど」
 どう反応したらよいものかと知恵は周りを見た。緋月は逃げるようにこっそりと部屋を抜け出そうとするところで、水把は知恵の隣で相変わらずにこにこと笑っている。
「いってらっしゃいな、知恵。忍ね、案内するのが趣味なんだって」
「水把、は行かないの?」
「私はまだ仕事が残ってるから」
 水把が嬉しそうに笑う。本当に可愛らしい女の子らしい笑み。水把の笑顔を見て、知恵も思わず気を抜いて少し微笑んだ。
「そう」
「うん。知恵も明後日の仕事、がんばってね」
「ありがとう」
 答えて知恵はベッドから降りた。
 

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