あたらしいやつはもろそうだな。そうおもわないかとおる。
「………」
 あいかわらずだんまりか……もっとはなしてもいいだろう? なかまだろう、まがいなりにもおれたちふたりは。
「……そうだな」
 まぁ、なぎさはおれたちをてかだとしかおもってないだろうが……あれも、くれなも、あいつのためにいきてるなかま……ふしぎなもんだな。
「そうだな。(れん)、思考を流し込むな、口で話せ。聞かれたくなかったらもとから話すな」
「文句ばっかりいうなよ。実験中だって言ってるだろう」
 木々に包まれた場所で、二人の男が立っていた。二人とも歳の頃合は若いが、忍や甲斐ほどではない。
「お前に『伝達者』の力はないぞ」
 短い黒髪の男は感情のない、淡々とした口調。知恵のいた国では一般的な黒眼の、がたいのいい印象を受ける男だ。
 隣にいるのはすらりと長い身体つきの橙色の髪の男で、浅黒い肌の顔にへらへらとした笑いを浮かべている。眼は緑茶色だ。
「実験中。お前なら廃人になることもないだろう?」
「自分の限界を超えるような真似をするな、自滅するぞ、錬」
 錬、と呼ばれた男が肩をすくめる。「さぁ?」と手の平を上に挙げて、首を少しだけ傾けた。
「心を司る力がどこで限界を見るか試してみただけだ。限界と言うな」
「読むだけにしておけ。それだけで充分亮の役には立つ」
「へっ、よく言う。まぁ、否定はしないけどな」
 嘲るように短く笑い、錬は「それより」とすぐに話題を切り替えた。錬の目の前にいる男は、とある人間のため以外は動かない男だ。この男がどこか壊れていることを、錬は知っている。故にこそ、廃人になる心配なく己の力を試すことができるのだ。
「新しい“管理者”。『隔たり』だそうだが?」
「俺が負けると思うか。ナイズに、これ以上の人を招き入れない。それがあいつの意思だ」
「大丈夫大丈夫、お前が負けるとは思ってないぞ。無論、俺も誰かさんに負けるつもりもしないし。今回は面白い争奪戦になりそうだなぁ、(とおる)?」
 徹が錬とは別の方向を見やり「面白い、か」と、呟いた。錬は徹の顔を横から覗き込み、短く息を吐き出す。
「なんていったって、迎え要員が俺の息子だ。面白い形の親子喧嘩じゃないか。親子喧嘩の通算回数は忘れたけどな」
 くすくすと錬が笑う。徹は何も言わなかった。

□  ■  □

 気が付けばそこは、緑に囲まれた世界だった。知恵がたどり着いた場所はどうやら少し高い場所にあるらしい。同じ目線には、木々の他に遮るものはない。人工のものばかりの町で暮らしてきた知恵にとっては、違和感のするもの以外の、なんでもなかった。
 美しいとか、壮観だとか、普通なら思うのかもしれないが、どうしてか感動する気にはまったくなれなかった。
「うーん……ちょっとがっかりかも」
 知恵の横に立っていた甲斐が大げさに肩をすくめてみせた。知恵が「何が?」と問えば、「だってほら、」と見下ろせる広い草原の方向を手の平で示した。
「ナイズって結構綺麗じゃない。知恵の町では見れなかった景色結構あるよぅ?」
「そうね。草原なんてテレビでしか見たときなかったわ」
「だから喜んだりしてほしかったなぁ、って思ってたりしてたんだけど……それががっかり。それに、余計不機嫌になってない?」
 甲斐が知恵の顔を覗き込んで、首を傾げて見せた。知恵は甲斐の顔からそっぽを向けて「別に」と。やはり不機嫌そうだ。
「ははっ、あ。忍も不機嫌になってない?」
「別に?」
 二人の少し前に立っていた忍があからさまに顔を歪めて答える。大きく息を吸い込み、たたみかけて言葉を吐き出す。
「別にいい加減にして欲しい誰かがそこらへんにいるとかそいうことじゃないから。な、甲斐?」
「あははっ。今の時間、たぶん集合時間のぎりぎりなのにねぇ」
「本当そうだ……よってっ!」
 忍が勢いよく二人に向かい直って、口をぱくぱくと動かした。甲斐が少しばかり撥の悪そうな顔で「ごめん」と。
「時間やばいよねぇ……」
「そうだよ、遅刻するよ! 毎回こうなんだから、少しくらい手加減してくれてもいいと思いますよ、聖さん!」
 言うなり、忍が知恵を鋭く見た。知恵は忍と眼が合うと、反射的にギクリと身体をこわばらせてしまった。
「行くよ、知恵。走るんだ、君の速さに合わせるから、全力でね」
「『行くよ』って、どこによ。私ここにきたの初めてなんですけど?」
「僕が先を走るから、お願いだから全力でね」
 眼を見据えて、わざわざ念を押す。そこまでして遅刻したくないわけが気になるところだが、知恵は何も訊かなかった。なんとなく、すぐに分かるような気がする。
 直感だったけれど。
「あははっ、さぁ行こうか。ね、遅刻するよ、ち・こ・く!」
 甲斐が至極楽しそうに別所に向かって叫んだ。叫ばれた先で誰かが「あ……っ!」と叫んで、甲斐はひらひらと手の平を振った。


 はっきりいって、ロクなことがない。
 知恵は胸中で強く強く思った。
 全力で走れ、といわれて五分弱――らしい。時を刻み続けて告げることのないという懐中時計を手にした忍が、少しだけ上がった声で教えてくれた。
 目的地だという場所は、知恵にとっては見慣れた建物だった。
 大きなビル。森の中に不自然に立った、真新しいビルだった。
「このくらいの時間ならなんとかなるかも……それにしてもさ、甲斐。愚痴ってもいいかな」
「あははっ、もうじゅーぶん聞いてるよ」
「だと思った。でも本当緋月も緋月だよ。自分の管理してる力くらいしっかりしたらいいのに」
「うふふ、忍もね」
「え?」
 ぽかん、と忍が口をあける。だが足が止まることはない。ビルの玄関真正面にあるエレベーターのボタンを押して、エレベーターが下りてくるのを待つ。甲斐は終始ニコニコと笑っていて、答えなかった。
 忍は甲斐を見てしばらく後、短く嘆息する。忍の嘆息回数が多いのは、おそらく甲斐のせいだ。
「……まぁ、いいけど。あぁ、後で説明しておかなきゃな、ここ」
 音も立てずにエレベーターが口をあけた。三人で中に入ると、忍が最上階のボタンを押し、一言。
「全速力で。サボってただろう」
『ヒトギキガワルイイイカタ……ヒヅキサマデスカ?』
「あいつと一緒にしないでくれよ。僕は忍」
『………』
 エレベーターが口を閉じた――というのも変な話だが、急に沈黙してしまった。ウィンと一瞬だけ音がすると、また口を開く。開いた先は、入った場所とは別の場所だった。
 知恵はエレベーターの中でとりあえず沈黙する。先ほどエレベーターがしゃべっていたなとか、押されたボタンは本当に一番上で、数字も結構な数だったよなとか。
「……知恵?」
 きょとん、と甲斐が声をかける。知恵は甲斐を横目で睨み付けた。
 曰く、聞いてるくせに。
「あははっ、何が起きても驚かないんじゃないかなぁって」
「うるさいわね、変なことばっかり覚えてないでくれる? 解せないのよ、忍。教えてくれるんじゃなかったの?」
「まあね、とりあえずここから降りよう。悪戯されたら大変だから」
 僕の名前言ったから大丈夫だと思うけど、と忍は涼しい顔で告げるとエレベーターの外に出て知恵を待った。
 知恵がエレベーターから降りると、エレベーターはドアを閉めた。知恵は横目で振り返り、今は考えないようにしようと努力した。けれど、気になるものは気になる。
 甲斐が横に並んでニコニコと笑った。
「ちょっと面白いかも」
 知恵は甲斐を見やり、眼を細める。そんなに面白いことを考えていたつもりはない。
「何が?」
「正直に素直じゃないなぁって」
「何よそれ。矛盾してるんですけど? 甲斐さんー?」
「あはは、それより知恵。忍が先にいっちゃうよぅ、ついていかなきゃ」
「ね?」と甲斐はわざとらしく首をかしげた。知恵は甲斐から眼を背けて「ちぇ」とわざと口に出して舌打ちする。
「あははっ、本当に面白いや。とお――あ」
「何よ」
 甲斐が指さした先を見た知恵は首をかしげる。立派な机の前で忍が振り返って苦笑を浮かべていた。
「オハヨウゴザイマス、御到着でゴザイマスネ。伝言をお伝えしマス」
 そんな声が聞こえてきて――。
 

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