48.“意思”

   フリクの周りに第二大隊が集まった。王国軍はまだ、フリクが協力体制になったことを知らずにいる。
 けれど第二大隊総司令カタン・ガータージは『必ず』と、思っていた。必ず、フリクは協力してくれるはずだと。
 フリクの城壁の手前、王国軍を背中にして最前列で乗竜メリュオアとともに佇む。横に同じく愛馬とともに総司令補サリア・フィティが並んだ。
 しばらく、無言でフリクの対応を待つ。
 風が吹いたなとふと思った時だった。城門が開いて、男が一人駆けだしてきた。ひらひらと風に舞う、動きにくそうな格好の――剣士に見えた。
「遅れて申し訳ない! カタン第一大隊総司令とお見受けする!」
 剣は背負ったままだが、敵意など全くないように見えた。
「私はケイト・イグスと申す者。フリクの意思を伝えに参った者です」
 カタンの目の前に走り寄って、背筋を伸ばす。表情は明るい。肩で息をしているけれど、言葉は流暢だ。
 カタンは姿勢を正して、一歩ケイトに近寄った。
「フリクの意思は? 話し合いに向かった人間がいるはずです」
「はい」
 ケイトは、ひるまなかった。
「ノヴァ高等兵士は負傷のため休まれていらっしゃいます。アタラ高等兵士は王城へ戻るのだと、すでにおりません。もう一人来ていた王国軍の使者は――」
「もう一人? ノヴァさんが負傷?」
「えぇ……話し合いが一度、決裂しようとした際に負傷され……その、もう一人の使者の、ウクライの息子を庇われたために。使者はカタン最高等兵士殿のご意思ではないのですか?」
「団長のご子息? 使者の人員については、ノヴァ高等兵士に一任しておりました」
 ふむ、とカタンは少し考える。おそらく地上隊にいたのだろう。でなければカタンの手の届かないところで使者になるはずがない。本来ならフリクとは関わりない人間の手で、この叛意を止めたかったから。
「ともかく、フリクは叛意を持つことをやめてくださったんですね?」
「はい! もちろんです。ついで、襲いくるマウェートとの争いに参加させていただきます。フリクを護るのは我々であること、みなさんにも知っていただきましょう」
「……なんですって?」
 カタンが顎を上げた。カタンの表情にケイトが驚愕の意を示す。
「それが王国軍の意思でしょう。フリクとウィアザンステップからの挟撃に対する。アタラ高等兵士がおっしゃっていましたが?」
「俺は認めたつもりはない!」
 怒鳴った、カタンを止めたのは四番隊長騎士アンクトック・ダレム。馬に乗ったまま、カタンの肩をとん、と叩き、叩いた手をカタンを制するようにカタンとケイトの間に広げた。
「ご協力いたみいる。地上隊においては残りたいものだけを残してゆくぞ」
「はい。それで結構です。ウクライからも『できるだけ大言を吐いてこい』と言われております」
 苦笑を浮かべて、ケイト。アンクトックに戻れの意を伝えられると、一礼をしてフリクの中へと駆け入って行った。
 ケイトが駆け去ると、カタンが馬上のアンクトックを睨みつけた。アンクトックはふん、と鼻を鳴らして肩をすくめた。
「諦めろ、カタン総司令殿。あの剣士隊長の二人がグルになると俺たち三練士でも手に負えん」
「それでいいのですか? アンクトックさん」
「いいのかも何もなかろうが。あのアタラが『ウィアザンステップから来る』と言ったんだろう、必ず来るぞ」
 不本意だがな、と口の中で続けて、アンクトックは馬面を返した。同じくカタンも振り返れば、王国軍の列から抜け出して前に出てきている人物が三名。
 三番隊長ナーロウ・ワングァ。
 五番隊副官レコルト・エグリアン。
 六番隊副官トア・サー。
 カタンの一番の近くのサリアは不機嫌そうな顔。アンクトックが肩をすくめて「号令をかけろ」と目で合図をしながら、三番隊長の横に並んだ。
 ――悔しいな、と思った。
 結局は自分の手から離れてしまった。フリクの民とは戦いたくなかったから、希望が叶ったことは叶ったのだけれど。
 一緒に、戦うことになるとは。
「これより……」
 出た声が思いのほか小さくて、カタンは肩を落とした。――これでは自分の心のままに生きる子どもと一緒じゃないのかと。
 最高等兵士たるからには、いつも胸を張っていようと、カタンは思った。たとえ虚勢であっても。
 カタンは背筋を伸ばして、王国軍の面々を見た。
 おそらく自分の声は隅々まではいきわたらない。けれど、少しの人間にでも届けと。
「これより、天空隊、地上隊の行動を別とする!」
 サリアの顔が輝いて、他の面々が訝った。
(最後まであなたの言うなりのままの俺ではありませんよ、クォンカさん)
 四年前、カタンはクォンカに地下牢を見せられてから、必ず彼とは道を別にするだろうと思っていた。
 地下牢では敵国の諜報員たちが鎖に繋がれて拷問を受けていた。傷だらけて血だらけで、弱りきっていた。それでもクォンカは同情の眼差しすら彼らに向けなかった。ただ冷たい目で、「必要なことだ」と言った。
 必要のない時が来ることを願った。必要のない時を訪れさせることを誓った。
「フリクにマウェートの軍勢が迫りつつある! 天空隊はフリクの救援へ、地上隊はウィアザンステップでマウェート軍を迎え撃つ第一大隊の援軍に向かう! 地上隊の指揮は、三番隊長ナーロウ・ワングァ高等兵士に一任する!」
 聞こえた人間には、戸惑いの反応があった。けれどナーロウは恭しく頭を下げて「かしこまった」と答えて馬面を返した。馬上で声を張り上げる。
「フリクのためにきた者は、ここで俺の指揮を離れるべし! 王国軍に従う者は俺に続け!」
 答えた者が大半だった。
 ナーロウが颯爽と馬を駆る。地上隊は三番隊を筆頭に動き出した。
 だが確かに隊から外れてフリクに向かう人間がいる。
 筆頭はアンクトックの副官、ティーン・ターカーだった。
「ティーン・ターカー、これより隊長の指揮を離れさせていただきます!」
 かなりの大声だった。アンクトックの眉が上がったのを、アンクトックを見れた人間は全員見た。――というほど、アンクトックの機嫌が素晴らしくよくなかったのだ。
 そのアンクトックの機嫌をさらに降下させるかのように、続けて叫んだのは同じく騎士。
「同じく、クレハ・コーヴィ! これよりフリクの救護を賜りますので! ってかティーンについていかせていただきます!」
 アンクトックは二人を剣呑な顔で眺め、「ふん!」と息を吐いた。
「好きにしろ! 行っておくがな、俺はお前らが生きて帰ってきても、放っておくつもりは絶対にないぞ! 馬鹿友(バカゆう)ども!」
 ティーンとクレハは互いに目を合わせると同時に短く笑って、同時にアンクトックを見て答える。
「「馬鹿友(バカゆう)どもで結構です!」」
 声が重なり、二人で笑いながらやはり同時に馬を走らせてフリクに向かう。アンクトックは二人を一瞥すると三番隊に続いて馬を走らせる。
「くっそ」と、アンクトックが確かに毒づいた。
「好きなことができる身分で羨ましいもんだな! なあ、レコルト!」
 わざわざ聞こえるように声をあげてアンクトックが言うのに、レコルトがニコリと笑った。真っ赤な瞳が印象的な、動く様も雰囲気も全てが落ち着いて見える男だった。
 レコルトはフリクに向かう剣士たちを見やり、目を細める。おおよそ、五番隊の三分の一がそろってフリクに向かっているのだ。第一大隊から混ざってきていたとはいえ、あんまりな数だなと、少し思う。
 けれど本当は同じく自分もフリクに向かいたかった。ノヴァに隊を任せられる役職故に、隊を離れて向かうことはできないけれど。
 ――フリクには、ノヴァがいるのだ。ノヴァはフリクを助けるために残っているだろう。何かの策を用いてでも。
(どうか存分に、態度で頭を下げてきてください。あなたの望みではないのかもしれませんが)
 レコルトはフリクに向かってぺこりと軽く頭を下げ、四番隊に続いた。


 五番隊に続いて六番隊の少数が動いていく。どうやらトアは白魔道士の半数以上をフリクに残すことにしたらしい。魔道士隊には馬に乗れない人間が多いのだ、移動が楽ではなかった。
 カタンはメリュオアに跨って空に戻ると、地上隊が移動する様を少しだけ見送った。見送ってすぐフリクに視線を動かす。
 フリクの湾岸の空ではすでに、戦闘が始まっていた。
「天空隊、行くぞ! 俺に続け!」
 カタンが槍を掲げて号令すれば、天空隊はそろって鬨の声を上げた。一番張り切って声を上げたのはサリアだ。
 カタンはサリアの姿を見やって、苦笑とともに、ありがたいな、と思う。
 彼女はきっと、何があっても傍にいてくれるのだろうと信じられた。
 己を裏切らないのだろうと、心から――。
  
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