風よ手の中で踊れ


「………絶対にあれだ。今日帰るのは自殺行為だと思う」
 どこかの大きな建物の天辺に立った少年が呟く。その横でしゃがんだ姿の水色の少年が小さく笑った。それを鋭く睨む。
「……お前、食わないからって気楽だな」
 満面に気味が良い、と書いてある笑みを浮かべた水色の少年が首を上に持ち上げた。
「あったりまえじゃん。俺、人間じゃないし?」
「ふん!」
 どうしようもない腹ただしさに、ただ鼻で笑い飛ばすしかない状況だ。立った状態の少年ベトムは今日食事当番である。だが彼は料理が大嫌いである。
「包丁なんか大嫌いだ!」
 そうだ! あんな、あんな、あんな……。
 理由は……ないのだけれど。
 別名ジョーカーと呼ばれる少年は、手を白くなるほど握って、大きく震えるため息をついた。



 あるとき目の前に『こんばんは』とあらわれたのが水色の少年だった。何歳だ、と聞くと十三億歳だとか訳のわからないことを言ってのけた。
 ベトムは当時十三歳だった。『億で割れば同い年じゃん?』と水色の少年は言った。『桁が多すぎる』とベトムはすぐさま突っ込みをいれたが。
 水色の少年の名前はなかった。だからベトムが付けた。死ぬまでついていく、と言われたせいだ。それで彼の名前はエクレア。エクレアはからからと笑う。
「そりゃあいいや」
 ベトムは意味なんてものは知らなかったけれど、エクレアは色々と知っていて、『人間の作った食べ物の名前だよ』といった。そして。
「そうそう、俺、人間じゃないから」
 とかいった。
 別にそんなことどうだってよかったと思う。余計好都合だった。
 ベトムは別名でジョーカーと呼ばれている。親が有名な義賊だった。その影響で、日々正義の味方をしているのだ。でも泥棒は泥棒だから、捕まったときジョーカーだといって逃げ出した。
 そして今日に至っている。
 しぶしぶと建物の天辺から降りたベトムは長いため息をつく。
 冷たいアスファルトと、鉄筋コンクリートの建物。作りかけの建物にはシートが掛かっていて、崩れかけた、もしくは半壊した建物には何もない。その全てに赤い光がかかって、あたりはまるで薄めた赤い水彩絵の具を撒き散らしたようだ。
 長い影がベトムの先を行く。水色の少年が影をつけずにその横を歩く。
「………ああ、そういえば」
 唐突にベトムが口を開いた。それの意味を知っているのか、エクレアが笑いをこらえている。
「……知ってたのか?」
「さーあどうだろうねぇ」
 一度立ち止まってエクレアの笑いをこらえた顔を睨みつける。エクレアはさも知らない、といった様子で先へ進む。
「ガキども今日はどっかに泊まりなんだなあ! エクレアさーん?」
 にやにやと顔に笑みをこぼしたエクレアはさらにベトムの先にすすむ。見失わないうちにと歩き始めたベトムは、エクレアの顔をさらに睨みつける。
「………」
 『あれだ、自殺行為だ』
 そういったのは今でもかわらない。
「……逃げる。逃げたい俺」
 唐突に子供のような声をたてる。エクレアがやはり面白そうに笑っている。それを確認したベトムはエクレアの襟首をつかんだ。普通の人間よりも軽いからだが数センチ宙に浮いた。
「絶対お前呪ってやるからな」
 気がつけば寝泊りしている廃墟ビルの目の前。そうだ、今日は月に一度やってくる、最悪の日なのだ。
 ちらり、と人影が入り口を通りすぎる。その瞬間にベトムがエクレアの横から消えた。エクレアが振りかえるとベトムが元来た道を走っている。
「にげんなよー!」
 エクレアが口に笑みを作りながらいおうとも、まったく止める効力にはならない。どちらかというと腹が立つからもっと逃げたくなるのが心情だ。
 ベトムは今にも泣いてしまいたい気持ちで一杯だ。
 案の定、後ろから男の声が聞こえた。
「いやぁん! まってぇジョーカーさまぁっ!」
「ふっざけんなっ!」
 振りかえりもせず―――否、振りかえることもできず、ベトムは必死でにげる。
 廃墟と化したビルの前にいた影である男は、口の端を三日月型に吊り上げた。
「そんなぁ、かなしいなぁ」
 変な発音で呟くと、エクレアに銃口を向けた。エクレアの奥で走っているのはベトムだ。
 エクレアは顔に笑みを湛えて、肩をすくめてみせた。
「殺さない程度にね?」
「おうともエクレア殿。いつもいつもすまないね」
 安全装置を外す。
 ベトムの額から嫌な汗が流れて、とっさに膝を負って体制を低くした。
 男はためらいもなく引金を引く。
 銃声は夕暮れ時の孤児たちが住む廃墟ビル街にはよく響いたが、だれも騒がしくはやし立てたりしない。怖いからではなく、日常茶飯事だと言った様子だ。
 弾はエクレアをすり抜けて、ベトムの頭上を過ぎていく。膝を曲げるのが遅かったら確実に後頭部を撃ちぬかれていただろう。これが、ベトムが『自殺行為だ』といった所以だ。
「目が覚めたかジョーカーさんよ」
 オカマ声がいつのまにか重く響きの有る声に変わっている。ベトムは少しだけ泣きそうになりながら男を睨み上げた。
「もとから覚めてるんだよ! お前こそ目ぇ覚ませよ!」
 男の声とは対照的に、まだ声変わりもしていないベトムはかわいらしい声を上げた。
 男はまったく関係ないといった風で。
「覚めてるもーん」
 と飄々しくいう。
 目に涙をためたベトムは、男を見上げながら両手両足で少しずつ逃げる。見下ろす男は、それをゆっくりと歩いて追っていく。唐突にベトムが立ち上がって再び逃げ出した。だが、今回は距離が距離だっただけに、すぐに捕まった。男は手に拳銃を持ったまま不敵に笑い、ベトムの耳元にささやく。
「逃げ出そうたぁよいこだなぁ……」
 その声に制されて、ベトムはおとなしく男とともに廃墟ビルへと入っていった。


 どう細工したのか廃墟ビルには電気も水道も通ってきている。まだ形を残している部屋には孤児たちが寝泊りしている。それを養っているのがベトムでありジョーカーだ。
 ベトムは不機嫌極まりない顔で、ぼろぼろになったパイプ椅子に座って頬杖をついている。目の前では満面の笑みを湛えた男、ディアルが、ベトムが憎しみを込めてつくった料理に舌鼓を打っている。
「んで今日はそれだけで帰るんだろうな」
 ささやかな希望を持ってベトムが問うと、それに裏切るように、腹黒い笑みを湛えたディアルが答える。
「そんなわけないじゃん?」
 頬杖から顔を落としたベトムが首を垂れると、その横でからからと笑うエクレアが背中をたたいた。「元気出せよ」と言っている。
 ディアルは食事を終えると、やはり腹黒い笑顔をして、改まったようにベトムの前に座った。
 その黒い瞳が妖しく光る。
「西区、お前影武者な」
「……何の?」
「もっちろん、毎年恒例『署別対抗模擬戦闘』に決まってんじゃん? あら? もしかして断る気持ち盛りだくさんってか?」
 うぅ、と頭を抱えたベトムは予想通りの回答に心の中で拍手した。だがすぐにこれは自虐的でしかないことに気がついて、長いため息をついた。
「俺、子供だし……」
「おや、断れるのか?」
 黒い瞳に黒い髪。それに黒い服を纏うディアルは、傍から見ても妖しい人物でしかないが、実はれっきとした大人であり、まっとうな人間である。それに職業はまっとうな人間の代表といえる、警備隊である。
 黒い拳銃を手の中でまわして不敵な笑みを作っている。
「いつぞや隊から排除されるのを覚悟でお前の脱出を助けてやったご恩を、こうして毎月一回の食事と遊びで終わりにしてやっているのにそりゃないんじゃないかなぁ? なぁジョーカーさまよ?」
 さらに深く頭を抱えたベトムを気味よげに笑いながらみてディアルは銃を回す手を止めた。
 エクレアがご機嫌顔でいる。
「捕まったのが運のつきだな」
「誰のせいだ!」
「俺、関係なかったし?」
「そうだなエクレア殿。全てこいつ一人悪いのに、巻き込まれた俺らかわいそう」
「だな、ディアル」
 大の男が泣きまねをしている。
(なんで俺の周りにはこんなやつらしかいないんだよっ!)
 そう叫びたい気持ちを必死で押さえて、ベトムは作り笑いを浮かべた。だが額には血管が浮き出ている。だいたい捕まえたのはディアルで、その原因となったのはエクレアが珍しい展示物になんやかんやと昔話をはじめて、止めようとしても止まらず、それに加えてベトムの首を捕まえて「こんな場所にいれとくべきじゃない!」と展示ガラスを叩き割った音だ。
 今思っても、仕組まれていたようにしか思えないよなぁ、と改めて腹を立てた。
「是非、『模擬戦闘大会』でディアル様と戦わせていただきますよ!」
 こぶしを作った手でディアルに殴りかかるもやすやすと片手で受け止められた。ディアルは嬉しそうにエクレアと手を打ち合わせて、「じゃ最後の集合遅れたら怒られるな」と立ちあがる。
 ベトムが下から覗くと。
「だって相手が弱かったら模擬にもなんないし、面白くないだろ?」
 自分勝手な理由を述べた。
 エクレアが再びベトムの背中をたたく。
「まぁがんばれ」
 あぁホントなんでこんな奴しか周りににいないんだろう、ばれても知らないぞ、俺は。
 『模擬戦闘大会』は、明日の明朝七時から。


 清々しい朝だった。
 朝からさわやかな風が割れた窓から入り込んでくる。
 ゆっくりと目をあけると、顔に満面の笑みを湛えたエクレアが覗きこんでいる。手にベトムの拳銃を持って、差し出すように落とす。それをとっさに受け取ると、見計らったようにドアから誰かの顔が覗いた。
「おはようジョーカー。あと一時間で模擬が始まるから、大人の俺が車で会場まで送っていってやろう。ちなみに、着替えも持ってきたから」
 ディアルである。今日も黒い服に黒い帽子を被って、悪びれる風もなく、西区から『借りてきた』という制服をベトムに投げた。
「こっから十分かかるから着替え等々、十分でな」
「まだ、時間あんじゃん……」
「おーっと! 普通は三十分前行動だ。それに加えてそれの十分前行動ってな」
 帽子で眼の部分を隠すと「下で待ってるから」、さっさとベトムの住みかを後にしたのだ。
 渡された二つの物の間に目線を右往左往させて、小さなため息を吐くと徐に寝床から這い上がった。
「……こうなったら返り討ちにしてやる……」
 無理だと頭でわかっていても、どうしても目のもの見せてやりたい気分なのだ。それをきいたエクレアが大きな声で笑った。
「まぁがんばれ」
 目が完璧に「無理だ」と言っている。
(………覚悟しとけよ……)
 少し大きめの服に袖を通して、短く息を吐いた。


 空は青々と、雲一つない晴天。静かなまでの風の音。それに加えていってみれば、騒がしい野次馬の奴ら、といったところか。
 ベトムは『急病』で出場できないという西区の代表の一人に代わって、警備隊実力ナンバー1のディアルの推薦により、警備隊模擬戦闘大会に参加することになった。模擬戦闘に使う弾はよく子供の遊びや、訓練に使われる着色弾だ。一度でも直撃したらその人間は死んだことになり、模擬戦闘が終わるまで、つまり最後の生き残りが決まるまでその場所で待機することになる。たとえそこが人通りの多い場所であろうが、危険な場所であろうが、腹が減ろうが何しようがそこで待機することになっている。それに屍だって嫌な役回りをする場合もあるし、この模擬戦闘というものはゲリラ戦そのもののようなものだ。だが、手当てなどはできない、ということだが。
 長々しい儀礼事項が終わるとディアルは至極嬉しそうにベトムに近寄った。
「な、それの使い方わかってるよな?」
 着色弾をこめている銃を肩越しに覗くと、それは支給された拳銃ではなく、ベトムの銃だった。ディアルが嫌な笑いを浮かべる。
「いいのかなあ? ばれないかなー?」
「ひっとのこと言えないくせに」
「あら、俺は良いんだぜ? なんたって―――」
「ディアルさん、移動です!」
 ディアルの背後に東区のいかついた顔の警備隊がならぶと、ディアルの顔が厳しく一変する。
「ま、そういうことだ。じゃな」
 ベトムはディアルの黒ずくめの背中を見送りながら口に不敵な笑みを作る。
「ぶったおして制服着させてやる……」
 そうこうしているうちに西区も移動の時間がやってきた。
 会場はこの街全体。期限は最終生き残りが決まるまで。仲間内は……なければ生き残りが決まらない。最初の出発点は、市長のみぞ知る。

 黒い帽子を深く被ったディアルがその下で口に笑みを作る。不思議そうな東区の同胞に「いやな」と太い声でこたえる。
「今回は面白い模擬戦闘になりそうだからな」
 ディアルは指定されたスタート地点につくと自分の銃に弾を込める。改造された銃は軽く、頑丈で、自分の指によくついてくる。
 大会スタートの花火が景気良くあがると、ひとまず近くの有人ビルの屋上にあがり、こちらも景気良く無音の一発。それが見事に北区の警備隊の一人に当たると、満足したようにディアルは屋上を練り歩きながら地上を眺めた。
「まずは邪魔者から消すってわけなんだエクレア殿。ジョーカーは無事か?」
 水色に透明なエクレアは、にっこりと笑った。
「ここでくたばってたら顔がたたんでしょう」
 屋上の強い風に吹かれても平然と、何もなびかせずに立つエクレアは、ゆっくりとディアルの横に歩いた。再び引金を引いたディアルが短く笑う。
「絶対にどこまででも追いかけて―――」
 帽子を抑えたディアルが口に笑みを作る。後の部分が風の音にかき消されて聞こえない。
「解ってるさ、ディアル」
 すべてあなたが考えたとおりのシナリオなんだろう?

 うめいた、というよりは悲鳴に近かったかもしれない。ベトムはどうしようもなく引金を引いたのだが……どうやら警備隊はそこらの人間に恨まれているらしい。
 着色弾が相手の顔にぶつかると、彼は目を開けられず―――もしかしたら失明したかもしれないけれど―――ぐらぐらと立ち眩みを起こすとベトムの上に倒れこんだのだ。
「うぅ……」
 大の男が気絶している。着色弾からした妖しい匂いはこんな効力を持っていたのか、と感心してしまうが、これに当たるかもしれない自分の未来を思うと、どうしようもなく泣きたくなってくる。
「エクレア……どけろよ、これ」
 と呼びかけてみるが、いつもそばにいるエクレアの姿が見えない。やっかいごとを引きこんでなきゃいいけど、と両手で大柄の人間の下から這い出した。
 ベトムのスタート地点は皮肉かなにかか捕まった場所だった。西区に連れていかれるのだとばかり思っていたのに、東区の管轄に置いてけぼりにされた。地図は液晶画面の小型ナビゲーターを渡されているから道に迷うことはないだろう、ということになっている。
 警備隊の制服についていた帽子を投げ捨てる。帽子はどこに飛んでいくかわからないから最初からないほうがましだ。暑いと解っていて制服の下に着た私服は一般人に絡まれないために役に立ちそうだから制服も脱ぐ。だがこの大会はたとえ私服に着替えたとしても警備隊の紋章をつけるのが決まりだから、それを制服から外して胸につけた。その紋章の裏を何気に覗くと、ディアルの文字が書いてある。
『裏切らない』
 何かに誓うようにかかれる習慣があるらしいが、ベトムには知り得ないことだった。筆記体で書かれたディアルの字は、思いのほか綺麗だ。そして制服がディアルのものであるということを示したものか、と初めてベトムは気づいた。
「……はあ……そういや思い出すな……」
 本当に幼いころ、一度両親と遊びにいったときがある。そのときはここの街も平和で、警備隊なんて南北に分かれているだけで、両親が起こす『怪盗』が庶民の楽しみだった。そして俺の楽しみは年に何回かの家族での小旅行で。
 不意に天井を見上げた。スタート地点から少し離れた場所にその小旅行先があった。足を止めて思いに浸っていると絡まれたわけだが、まさかその場所が廃墟になっているとは思わなかった。
 今度は首を回して建物の中を見渡す。古びたスクリーンは崩壊していて、並んでいた椅子ももうほとんどない。文化が進んでいくうちに、この場所も時代遅れになってしまった。
 この映画館で上演されていた映画を思い出す。なんか、恰好良くて、わくわくして、怖くて、面白くて……なんて、いったかな。
「……新大陸の西部………」
 じゃ、なかった気がする。ま、どっちでもいいけど。
 ベトムは銃を手の中でまわし入り口に向ける。誰もいないしんとした空間で、自分の音が妙に響く。
「……」
 なんとなく虚しさを感じて立ち上がる。幼いころに叫んだ憶えのある言葉が、嫌に癇に障る。
『ここ大陸の西部に新大陸の西部を持ってきてさ! あんな恰好良い打ち合いをしたいよね、父さん!』
 そりゃ男のロマンって奴だな?
 なんか違うくない?
 まぁなんだって夢だ夢。現実になればいいなと思える夢だ。


「……エクレア殿。何人殺し―――倒した?」
 組織的にヤバイか、と言いなおすと横にあるくエクレアが短く笑った。
「撃った数を数えれば?」
「あぁそりゃそうだ」
 残弾を数える。ディアルにはハンデで人数分しか着色弾は渡されなかった。予備が欲しければ奪えというわけだ。
「ざっと一区分。それはそうとエクレア殿。そろそろジョーカーに戻ったほうがよくはないかな?」
 数え終わったディアルが素早く弾頭を後ろに向けた。サイレンサー付きで音がほとんど鳴らない。エクレアはそれに無感動で、後ろで「ぎゃ」という声が聞こえようと関係なし。
「そうだな、じゃディアルは死なない程度に殺して」
「そりゃ矛盾ってもんだ」
 ディアルの頬に微かな赤い線ができていた。きつい匂いを放つそれは、着色弾に混ぜられている神経系の薬だ。顔面に直撃したら最後。洗い流してもらうまで意識が飛んでいるほどの強いものだ。だがディアルが付けた程度ならばなんともない。ただ匂うだけだ。
「ったく今回も悪趣味なものを……」
 毒づく。去年も同じ物が使われていたらしい。つまり、撃たれた人間は『動いてはいけない』のではなく、『動けない』のである。実弾で足ならやればまだ動けるということで無事。顔面は死ぬ。心臓から上の部分だと、この弾では意識を保つことはまず無理。
 頬を袖でふきながら辺りに気を網のように張り巡らせた。音もなくゆっくりと歩いていく。
「あと二区分くらい殺……倒しても損失ないだろうし?」
 鼻歌混じりに呟いた声が、銃声にかき消されていった。


「ふざけんなっ!」
 弾を入れ直したベトムが毒づく。隠れたコンクリートの壁に赤い着色弾が音を立ててへばりついた。
 酷い匂いだ。
 ベトムは現在二人をしとめて、三人目に追われている。顔を壁から覗かすと銃の先がはみ出ている。
(まぬけだ………)
 そう思うのもつかの間、上空から小石が降ってきた。見上げると今追ってきている、金髪の青年が颯爽と立っている。
「どこのだれだか知らないが、この俺様のテリトリーに入ったのが運のつきよ! 西区筆頭ガンマン、マカロニウェスタンとはこの俺様のことだ!」
(だからなんで俺の周りにはこんな奴しかでてこないんだ……)
 思わずため息を漏らしながら、崩壊した建物の壁に上に銃口を向けた。
「そんな遅い動きで俺をしとめようとは笑止!」
 そういって撃てば良いのに壁の向こうへ消えた。どうやらはみでていた銃口は違う人間のものだったようだ。歯をかみ締めて挟められた壁の向こうに居る二人の警備隊のことを恨んだ。今ここで撃たれたくはない、という気持ちで、引きがねを握った。
「って!」
 わざと支給された銃で撃って倒れた音を出してみる。死んだふりだ、こうなったら。匂いだけを漂わせて、うつ伏せに倒れてみよう。あいつらはたぶん先ほど打ちすぎたせいで残弾は少なくなっているだろうから。
「よーっし! 次に行こう! ディアルを倒すぞ!」
 うまい具合にだまされたみたいだ。確認に顔を覗かせるそれに銃口を向けて引金をひく。自分の銃は音がならないから、片方にばれはしないだろう。仲間ならなおさら両方倒してやる。
 一人、静かなほうが目の前に現れた。すぐさまそれを撃って地面を転がる。重いからだを引きずって先ほどまで自分がいた場所に置いた。もう一人、うるさい方を撃つためにその場所が見える範囲まで移動しよう。たぶん油断しているはず―――。
「いっとくけどマカロニウェスタンはだてじゃない」
 後頭部に鉄の硬い感触が置かれた。油断したのは自分だったようだ。
「あんただれよ」
 マカロニウェスタンと名乗るそれは聞いた。だが名乗るわけにはいかない気がする。ディアルのときのようになるかもしれない。
 銃の先で頭を押される。
「だからあんた誰だよ。言えば逃がしてやる」
 どうせ撃つんだろう。
 ベトムは二つの銃を手に持った。
「俺は―――」
 変な希望なんかもつもんか。
「ディアル――」
 銃声をきいた。はじき出されるように頭を前に傾けて振りかえる。驚いた様子の彼の足に体当たりして、地面に叩きつけた。それだけでも頭を打って気絶しているが、銃を目の前においてすぐさま引金を引いた。
 たぶんすごく痛いと思うけど、死なないから大丈夫だろう。
「のばかにいじめられてる奴だ!」
 伸びている男を置き去りにして駆けた。エクレアがいつのまにかそこにいたからだ。
「逃げちゃ戦闘模擬にならないじゃーん!」
 ディアルの声が聞こえる。涼しい顔をして、堂々と其処に立っている。指で銃をまわしている間に逃げなければ自分が危うい。
 ディアルの手が唐突に止まった。銃を片手でもつと半分だけ振りかえり引金を引くとその先でつぶれた悲鳴が聞こえた。
「大丈夫。あと俺らだけっぽいから」
 顔に笑みを湛えたディアルが言うと、ベトムはちらり、と後ろを振り返った。
「死体の数えたらこれで十八体」
 勝負の先くらい、俺にだって分かるさ。
 堪忍して振りかえると、銃口をディアルに向けた。エクレアが二人の真中に立って小石を空に投げた。
 不敵に笑っているディアルの顔が、目を閉じてもどこまでもきえなかった。


「おーい俺は心配してきてやったんだぞ。見るなり発砲は酷いな」
 壊れかけた病院の一室に、ディアルが珍しい花を抱えて訪れている。六人部屋の窓際に寝そべっているのはベトムで、訳は改造されたディアルの銃で放たれた弾が見事に骨を折ったせいである。洗い流されたあとに気づくも、その痛みのせいで苛立っているのだ。
 結局気づいたのは撃たれてから二日後だった。それはまだ早いほうで三日目の今日もまだ気づかない人間もいる。顔面についた人間は一週間気づかない場合もあるそうだ。
 ディアルは花束をエクレアに渡す。恨めしそうに睨みつけるベトムには関わりないといったようすである。
「楽しかったろう」
 顔を満面の笑みで覗くディアルに一瞥をくれて、ふてくされたように反対側をみる。
 にやり、と笑ったのはディアル。
「なぁエクレア殿。心配してきてやったのにこの態度って俺可愛そうだよな」
「だよなディアル」
「やめろっ!」
 喉がかれるほど叫ぶと、丁度良く医者が部屋に入ってきた。謀ったのだこいつらは……。
 ベトムは折れた腕の反対の腕でディアルにつかみ掛かる。
「落ち着けよベトム、他の患者に迷惑だぞ?」
 妙に落ち着き払ったディアルの顔が勘にさわる。つかみかかったベトムの手が小刻みに震えている。
「誰も気づいちゃいねぇよ!」
 がたがたと窓を風が揺らしていく。割れた部分から風の音が聞こえてくる。外はあいかわらず青々とした、清々しい天気のようだ。
 エクレアは二人の様子を眺めながらからからと笑った。


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