プロローグ.オーバーチェア

   ウィアズ王国歴六九年。
 デリク・マウェートによる攻撃から約半年後。
 外はうららかな日差し、暖かいウィアズ王国の春のことである。
 万年どことなく薄暗い会議室で、ウィアズ王国軍の高等兵士全員が集まっての“統合部署”なるものが開かれていた。いつもは国王も出席する会議だが、今回は国王の姿はない。ゆえか会議室の中は、幾分かゆるい雰囲気だった。
「うちは――魔道士はやっぱりワイズっすかねぇ」
 椅子に深々と座ったまま、第二魔道士隊隊長ピーク・レーグンがゆるく告げた。対角線に当たる席で少しだけ顎を上げたのは、第一魔道士隊隊長アタラ・メイクル。
「そうね。私もワイズが適任だと思うけど」
「じゃあ魔道士は決定だな。竜騎士はどうだ? カタン」
 会議室の中、一人だけ立っているのは第一剣士隊隊長クォンカ・リーエ。クォンカに呼ばれて第二竜騎士隊隊長カタン・ガータージは座ったまま「竜騎士なら」と、第一竜騎士隊隊長シリンダ・ライトルを見た。
「レイゲルトが適任だと思います。シリンダさん、どうですか?」
「天馬騎士次第だ」
 シリンダが苦笑した。様子にカタンも少し肩を竦めた。
「確かに。天馬騎士は誰だろう。サリア、ロウガラさん」
 うん、と第一天馬騎士隊隊長ロウガラ・エンプスが腕を組んだ。第二天馬騎士隊隊長サリア・フィティは考える素振りもない。
「私はヴィアかな。ヴィア・ハワーはどうですか? ロウガラさん」
「ヴィア。確かに」
 ロウガラが満足そうな笑顔になる。
「新しく立ち上げるのには、確かに適任だね」
「えぇ」
 サリアがにっこりと笑った。
 反対に気まずそうに頭をかいたのはシリンダ。
「レイゲルトで平気なのかなあ」
「うまくやれるんじゃないかしら。ヴィアは面倒見がいいし」
「相性があるからなあ」
 ぼんやりとした口調でシリンダ。ロウガラがくすりと笑った。――レイゲルトが昇格を渋られる理由を知っているがゆえに。
 カタンが苦笑を浮かべた。同じくカタンも理由を知っている。
「この際細かいことには目を瞑ろう。竜騎士からはレイゲルト・シルベーロ。天馬騎士からはヴィア・ハワーで決定したいと思います。よろしいですか?」
 カタンの確認に、天騎士のほかの三人がそれぞれに頷くと、クォンカがうん、と頷いた。
「天騎士も決定か。あとは地上隊だな。弓士は――なんだ、ホン」
「弓士はね、うちの副官がいいと思うのよね」
 にこにこと笑いながら、第二弓士隊隊長ホンティア・ジャイム。反対側の席で第一弓士隊隊長ナーロウ・ワングァがぴくりと眉をあげた。
「カランか。しかしお前は副官が変わりすぎではないか?」
「あら、じゃあカラン以上の適任がいて?」
「礼をそれなりに尽くせる人間だ、カラン自体には問題はない。第二弓士隊が平気かと俺は訊いている」
「あら、私のことならご心配なく。そんなに私のことばかり心配してたら、ご結婚したばかりの奥様に悪くなくて?」
 からかうようなホンティアの口調に、ナーロウの顔に血が上った。
「この場にクリオネのことなど関係あるまい!」
 ナーロウが怒鳴る、が、ホンティアはやはり楽しげにころころと笑うだけ。ナーロウが純粋に反応するのを、純粋に楽しんでいた。
 ホンティアの傾向を知り尽くしているクォンカである。戒めるようにホンティアを呼ぶと、軽く咳払いをする。
「弓士はカランでよろしいのでしょうか? ナーロウさんは、他に誰かいらっしゃいますか?」
「……俺もカラン・ヴァンダ以上の適任者は今のところ知らん。そもそもあいつの指揮力も実力も、弓士の中で群を抜いている。ここでやつを昇格させなければ、高等兵士としての恥だと考える」
「ありがとうございます」
 ホンティアがまるで我が子のことのように素直に喜んだ。茶々を入れなかったのは、それなりに場をわきまえたせいだろう。
「剣士はエアーがいいな」
 唐突に話に入ったのは、第二剣士隊隊長ノヴァ・イティンクス。椅子に座ったまま。
 クォンカがぽかんとしてノヴァを見たのに、ノヴァは念を押すようにもう一度。
「エアーがいい」
 珍しくクォンカが沈黙を返したのに、ノヴァが眉をひそめる。
「問題があるのか?」
「レコルトはどうした?」
「レコルトは俺が困る。一番の適任はオリエックだろうが、クォンカが困るんだろう」
「本人にも嫌がられたしな。俺と並びたがらない、昇格するつもりはないだろう」
 そう考えればやはり、新しく立ち上げるにはエアー・レクイズが誰より適任なのだろう。だがクォンカはなお渋った。
「しかしこう、簡単に決めてやるには少しものたりないな」
 悪戯に笑って、クォンカ。ノヴァが訝った。
「とはいえ、レコルトとオリエック以外じゃ、誰より適任なのははずせないな。どうだノヴァ、今度少し遊びにこい」
 ノヴァが失笑。周りも確かに呆れた顔になった。クォンカの席の隣で、けらけらとピークが笑った。
「ってことは、残るは騎士だけっすね。誰になさるんすか? アンクトックさん」
 ふん、と第二騎士隊隊長アンクトック・ダレムが鼻を鳴らした。
「ティーンしかいないだろうが。ウィク様が戦場に行くというなら、それに従う人間が必要だが、さっきでた中で適任者が誰かは知らん。平時も、と考えれば」
 アンクトックの顔はやはり、どこか不機嫌。
「誰よりティーン・ターカーが適任だ。俺の副官は熟考させていただくことにする」
 誰より満足そうに頷いたのはアンクトックとは友人のナーロウだ。同じくロウガラも楽しげな笑みを隠した。
 よし、とカタン・ガータージ。
「候補者が出そろった。文面に起こして陛下に提出するのは俺がやっておきます。クォンカさん、進行どうもありがとうございまいた」
 クォンカは肩を竦めて席に座った。
「必要もないほど円滑に進んだが、一人で立つのはなかなかに緊張するぞ?」
「あはは、またまた」
 やはり隣の席でピーク・レーグンがへらへらと笑う。
「しかし円滑に進んだとはいえ、決まったのは候補者だけだな」
 少し面白くなさそうなアンクトックの口調。
「ですが、ウィク様の供になる人間が決まっただけでも大きいはずです。アンクトックさん、ご協力本当にありがとうございます」
「これから協力するのは俺じゃない、ティーンだ。しかしあのウィク様が、王国軍に入りたいだとはな」
 ふん、とアンクトックが息を吐いてクォンカを見た。クォンカは苦笑。ウィクの訓練を請け負っていたのはクォンカだ、王国軍で誰よりウィクに近かった。
 とはいえ、ウィクが王国軍に入りたいと言い出したのは寝耳に水。クォンカが唖然としたほどだ。ウィクは前に出たがらない性格だったから。
「それもまだ十三だというのに。なぜ止められん。クォンカ、貴様にも責任があろうに、なぜお前が供をする立場にならないのか、ご説明を願おうか?」
 わざとナーロウの口調を真似たアンクトックにロウガラがついに笑いだした。ナーロウが咳払いをするが、周りも少し笑っている。
「アンクトックさんたちほどではありませんが、俺も高等兵士を長く勤めております」
 クォンカは苦笑のまま。
「それもウィク様が今よりも幼い頃より剣を教えている教士でもあります。ウィク様は元々がおとなしい性格ですから、俺が供になってしまえば、助言もすべてウィク様の言葉になってしまいかず、そうでなくても、他に俺の言葉として受け入れられてしまうかもしれません。それでは意味がありません」
 砕けたようで砕けないような、半端な口調をあえてクォンカは使った。
「ウィク様が王国軍に入りたいのには必ず、何か意思や目的があってのことだと信じていたので止めもしませんでしたが、そういう危惧は俺にもありました」
「だから三大隊制の発足の状態を利用したか。ふん、お前らしいやり方だな」
 やはりアンクトックは不機嫌だ。腕を組んで椅子に深々と座る。
 しかしアンクトックの不機嫌も、ロウガラに言わせれば何のことはない。
「なんだい、アクト。クォンカにばかり文句を言ってないで、ティーンを手放すのが嫌だと正直に言ったらどうだ」
 からかうような表情のロウガラを見て、アンクトックが噛みつかんばかりの顔になる。ロウガラはやはりからかうようにアンクトックを指差した。
「お前がなんと言おうと、決まったものは決まった。覆そうだなんて無駄だね。誘われたって付き合ってやらないよ!」
「俺が手放すと決めたんだろうが! 覆すもくそもあるかっ」
「ほらほら、見なよナーロウ! アクトのあの顔。図星だったに違いない!」
 ロウガラは至極楽しそうに。アンクトックは反対に不機嫌に。ナーロウはため息一つに、息を吸った。
「黙れ二人とも! 仮にも会議中に失礼だとは思わんのか!」
 怒鳴った、ナーロウの声が一番大きかった。おかげで二人は黙ったが、二人だけでなく周りも顔をしかめた。
 三練士のこのやり取りは、他の高等兵士たちにとってはすでに慣れっこだ。
 ロウガラの隣のシリンダはのんびりと、「なあ」とロウガラを挟んだ向こう側にいる、クォンカに尋ねた。
「ミレイドはどうしたんだ? なんか聞いてないか?」
「逃げた」
 笑いながら、クォンカ。
「『高等兵士様たちだけで決定すべきものに、中等兵士である自分が出席すべきではないと思いますので』、だと」
「ははぁ、なるほど。なあんか毎回、居心地が悪そうにしてたもんなぁ」
 あははと軽くシリンダが笑った。相槌を打ったのはピーク。
「実際のところ、こんなもんなんすけどねえ」
 やはりへらへらと笑いながら言えば、反対側で不服そうなナーロウがため息。
「貴様と気が合うとは気に食わんが、まったくだ。逃げ出すのも失礼だろうに」
 逃げ出す要因はナーロウにも一つありそうだ。クォンカはミレイドが座るはずの空席を見やって苦笑した。
 だが数日後にはこの会議室に、現在中等兵士の肩書をもつ人間が六名招かれる。その時には否応なく、リセの後任である騎士ミレイド・テースクも出席せざるを得ないのだ。
 この会議室に多くの新しい顔が並ぶんだなと、他の喧騒の中でクォンカは少し思いに耽った。
 戦いも今の堂々巡りから新しい局面に移行するのではないかという期待を、クォンカは多少抱いていた。
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