胸の辺りから真っ赤な血しぶきがあがった。手応えはありすぎるほどだ。彼女も勇名がある人間だから、簡単に殺されるわけがない。ただ、躊躇があったからに違いない。 自分には躊躇がなかった。身体が覚えていた作業に、抵抗もなかった。はたと我に返って殺した相手に振り返れば、自分のしたことの大きさを知ることができる。 黒い竜騎士が駆けよって彼女に叫んでいる。 「サリア!」 サリア・フィティだと、いったはずだ。この名前も忘れてしまえたらどんなにいいだろう。過去も、手についた血も。 立ち止まり、振り返ってしばらく二人を眺めていた。仲のいい二人だったなと、どこかで頭の歯車が狂って行く音がする。 「俺も、殺してくれるのか?」 「あぁ」 即答する。 そうだ、誰だって殺してやる。 「全部、お前を殺すためだ」 本当にそうか、自信はない。 永遠に、この男とはあいそれない運命だろうと、思える。永遠に、分かり合うことはない。分かり合っていたとしても、反発せずにはいられない。いえば、おそらく影と光だ。 「――」 何かを毒づく。決別の調。 「――」 口が動く。忘れてしまえ、俺がいたことなど。怨んだまま死んで、月で仲良く暮らしてくれ。俺の悪口で盛り上がってくれていい。 償い切れない、罪ばかり重ねてきた。 「お前は、本当に必要な人間だったか?」 「エアーも、必要な人間だったか?」 黒い竜騎士は容赦なくいい放つ。必要な人間でなかったと、悲嘆したばかりだ。 短く自嘲し、首を横に振った。 「のうのうと生きていれば、必要としれくれる人間もでてくるはずだ」 それは、虚無なる希望でしかない。怨む理由をさらに作ってやる。 黒い竜騎士は立ち上がり、死んだ女性の短剣を構えた。 「……そうだな」 踏み出そうとした刹那、肩から剣が飛び出した。兵士生命にほとんど関わらないであろう場所を上手く貫く。 痛みが襲う。 刺した相手の顔を見た。 ――クレハ・コーヴィ。 「もともとお前なんか、お荷物の一つでしかなかったんだよ」 それは、真実ではなかったんだろう? エアー・レクイズは夢から逃げるために無理やりに身体を動かした。この先は見たくはない。 昔はよく悲鳴を上げた。夢は悪夢ばかり見る。 無理やりに伸ばした手にあたった何かを、エアーは掴んだ。細いが筋肉感のある腕の感触だ。 力をこめて薄らと、エアーは眼を開けた。赤紫の眼は、昔は他国に恐れられた人間の象徴といえる奇異の瞳だ。 目の前に居る人間を見、エアーは微笑む。冷えた汗を浮かべた顔で。 「あぁ、ウィク様。おはようございます」 ウィクはけたけたと笑い、「おはよう」と応える。 「うなされていたようだけど?」 「あぁ、ウィク様に解雇される夢を見ちゃったんで」 言い、エアーは汗ばんだ額から髪の毛をどかした。――寒気がする。 外は、暑いほどの昼下がりだった。 |