吟遊詩人(トルヴェール)

登場人物

 ギーナス 女
 バルバド 男
 ミルヘン 男
 ユーン 女
 ヘンリル 女
 ルイー 男

 ワンザ(ベヒモス) 男
 ギーナスのお母ちゃん 女

 計 女4人 男4人



燃えている森の中と、町が重なって登場しているイメージ。
ギーナスの村と、バルバドの町が焼かれる姿が、イメージの中で重なりあう。

 燃え盛る音。あちらこちらから悲鳴と怒声が聞こえてくる。その中で微かに歌が聞こえている。

過去のルイー「幻獣を殺せ! ひとりも逃すな!」

ギーナス 「や――」

歌が止む。

ギーナス 「やだよ! 怖いよ!」


爆音。

幻獣たち 「人間どもめ、よくも我々の森を燃やしてくれたな!
       われらが喪失感を味わうがいい!」

バルバド「やめろ……」

悲鳴等、音止む。
 無音の空白ののち、二人同時に叫ぶ。

ギーナス「死んじゃやだぁ!」
バルバド「殺さないでくれ!」




場面――十数年後の、国王派の特殊部隊「吟遊詩人」の基地。ミルヘンが鳴らす琴の音が流れて、ギーナスの歌が聞こえている。

ミルヘン 「……集中力が切れていますよ。唄の力を吸収できなくて怒られても、私に責任はありませんからね、ギーナス」

歌声が止む。ほぼ同時に鳴り響いていた琴の音も止む。

ギーナス 「ギーちゃんって呼んでって言ってるじゃん。ミーちゃんの手が器用に動くから気になっちゃって」
ミルヘン 「ミーちゃんじゃありません。ミルヘンです。眼を瞑ってて気になるなんて、ギーナスは器用ですね」
ギーナス 「ミーちゃんごめんっ。どーしてもどーしても気になるのっ」
ミルヘン 「今回の任務ですか?」
ギーナス 「うん……退治される幻獣……貴族派の奴らの?」
ミルヘン 「えぇ、かわいそうな存在です。わけもわからず争わされてる」
ギーナス 「でも、皆のこととか、国王様とか、おそっちゃうんでしょ?」
ミルヘン 「えぇ。襲う理由がわからないんでしょうから『かわいそう』と」
ギーナス 「……ミーちゃんの言うことって難しくてよくわかんない」
ミルヘン 「噛み砕いて話しているつもりなんですけど」
ギーナス 「バルバドと一緒で学校出てなくてバカだもん。わかんないよ」
ミルヘン 「最低限のことは、教えたつもりだったんですが」
ギーナス 「実は、あの時からほとんどわかんなかったんだよね。へへへ」

ミルヘン溜息をつく。

ミルヘン「ギーナス」
ギーナス「はい」
ミルヘン「唄うのに飽きたからって、バルバドを呼ぶのはどうかと思いますよ。これでは、貴女を外に出してあげるしかなくなるじゃありませんか」
ギーナス「うわーっ、ミーちゃん、いつもすごーいっ」

ギーナスの拍手が入り、同時に破壊音。

バルバド「呼んだかクソジャリ」
ギーナス「すごーい、毎回地獄耳ぃー」
バルバド「地獄耳言うんじゃねーよ。たまたま聞こえただけだっつーの」
ミルヘン「バルバド、あなたも唄の最中じゃありませんか?」
バルバド「気のせいだよー、ミーちゃん」
ミルヘン「ミーちゃんじゃありません、ミルヘンです。それにまたドアを蹴破って……一度くらいきちんと直してから行きなさい」
バルバド「後でちゃんと直しますって」
ギーナス「いつもユーンに直してもらってるくせに……」
バルバド「あっ、てめっ、それ言うなってのっ」
ミルヘン「私も知ってますよ、それくらい」
バルバド「え、マジで?」
ミルヘン「えぇ、知ってます。
       ギーナス、ヘンリルに小言言われないように気をつけていってらっしゃい」
ギーナス「はいっ、ありがとうミーちゃん!
      あ……ねぇ、ミーちゃん」
ミルヘン「なんですか? ギーナス」
ギーナス「ヘンリルの小言、何回になってた?」
ミルヘン「『今週だけでもう六回です』らしいですよ。私もそろそろくたびれてきましたから気をつけてね」
ギーナス「うはー。はーい」
ミルヘン「ちなみにバルバド。あなたは八回らしいです。ユーンが嘆いていましたよ」
バルバド「うげっ、わ、分かったよ」

二人がいなくなったミルヘンの部屋に、一人の女性が現れる。眉間に皺を寄せて腕を組んだ、ユーンである。

ユーン「バルバドの奴がきやがっただろう」
ミルヘン「おや、ユーン。見れば分かるじゃありませんか」
ユーン「ったーくよーっ! 俺のピアノが気にいらねぇのかあいつはよーっ!」

蹴飛ばされたドアや備品を拾い、ドアを直し始める。

ユーン「ミーちゃん聞いてくれよぅ」
ミルヘン「ミルヘンです」
ユーン「バルの奴、なぁにが『腹の具合が悪くなりました』だ、何食っても平気なくせに。元気に走って逃げやがったんだぞ!」
ミルヘン「元気にドア蹴飛ばしてきましたしね」
ユーン「あぁ……ったく、工具持ってきてよかった」

ユーン、ドアを直しつつ。

ユーン「ま、しゃあないつったらしゃあない。あいつらはああやって恐怖から逃げてるだけかもしれねーしな。俺に文句は言えねーか。
ああやって幸せそうにするのが一番なんだよな。せめて、今だけでも、さ」
ミルヘン「えぇ、そうですね。ヘンリルもそこを分かってて小言をいいますからお手上げなんですが」

ミルヘンがくすくすと笑う。

ミルヘン「ところでユーン、最近休日大工になったって本当ですか? 情報はギーナス経由です」
ユーン「あ、うん。休日もてあましてたから。今度ミーちゃんにも家でも作ってやるぞ」
ミルヘン「結構ですし、ミルヘンです。それより……」
ユーン「うん? おっし! 完成っ」
ミルヘン「……貴女ドア直す作業、かなり速くなってませんか?」
ユーン「そりゃ慣れだな」

親指を立ててユーンが無邪気に笑う。
ミルヘンは頭を抱えてため息をついた。





銃声。
 バルバドが的に向けて銃を向けている。全く当たっていないのを、ギーナスが横で笑っている。

ギーナス「うへへっ、下手っぴー」
バルバド「やっかましい!
      どうして的に当たんないんだ?」
ギーナス「大雑把なだけじゃないの? もうちょっと微妙に位置ずらしてさ」

銃声。
 ギーナスは的のど真ん中を打ち抜く。

バルバド「お前の見てても早すぎて参考にならねーつーの……」
ギーナス「ちゃんと見てよぅ」
バルバド「とりあえず俺もう一回やって――」

ヘンリル「いーち」
バルバド「いでっ!」

スパン、など、気持ちよく響く叩いた効果音。ヘンリルが丸めた雑誌で二人の頭をたたくシーン。

ヘンリル「にーの」
ギーナス「あいたっ!」

ヘンリル「さんっ!」

ヘンリルの居合抜き。刀が抜かれる音。
 ほぼ同時にキィン的な音。バルバドがヘンリルの刀を自分の剣で受けとめる。

ヘンリル「いーい、度胸です、バルバド」
バルバド「条件反射です、ヘンリル隊長」
ヘンリル「よろしい。お相手してさしあげましょう」
バルバド「人の話聞きましょうよ!」

ヘンリルが刀を引いた。引いた直後刀を振る。バルバドは自分の剣を完全に抜くとヘンリルの刀を防いだ。

ヘンリル「腕をあげましたね、バルバド。でも、これからですよっ!」
バルバド「寿命縮みますから勘弁してくださいっ!」

半ば悲鳴を上げながら、バルバドはヘンリルの繰り出す斬撃をことごとくに防いだ。ギーナスはしゃがんだまま二人の様子を見ている。

ギーナス「ふあー、上手すぎて参考になんない。あ」

ヘンリルの刀がバルバドの首筋を捉えた。
 寸前で止められた刃に、バルバドが冷や汗を流す。

バルバド「こ、降参です」
ヘンリル「ふむ、やっぱりバルバドは筋がいい。射撃訓練よりも、剣術の訓練を重点的にするべきです」
バルバド「はあ」

ヘンリルが刀を鞘に納めたところで、バルバドがようやく肩の力を抜いた。ギーナスがはしゃぐ。

ギーナス「すごーい。すごいですー」
ヘンリル「ありがとう。それよりもギーナス。あなたは今、唄の時間ではありませんか?」
ギーナス「うっ」
ヘンリル「バルバド」
バルバド「げっ」
ヘンリル「あなたもです。あなたたちは毎回毎回……今週だけでギーナスは七回目、バルバドは九回目になりますよ。いいですか?」

二人同時でモノローグ

バルバド「(M)勘弁してくれよ……」
ギーナス「(M)勘弁してほしい……」

ヘンリル「苦手を克服しようとする姿勢は認めます。ですが、やるべきことをやってから、やりなさい。だいたいバルバド。あなたは天性の射撃下手です。銃弾だって無料じゃないんです、無駄遣いはよしなさい」
ギーナス「でもヘンリル隊長。この練習用のはお給料の中からの自腹ですよ」
ヘンリル「そういう問題じゃありません。ギーナス、あなたもね。最近真面目に唄っていないでしょう」
ギーナス「……ごめんなさい」
ヘンリル「あなた自身と仲間の命に関わります。きちんと唄って、きちんと吸収しなさい」
ギーナス「はい。でもヘンリル隊長」
ヘンリル「でも、が多いですね。何ですか、ギーナス」
ギーナス「私も、力以外の……特殊な唄、唄いたいです」
ヘンリル「ギーナス……」


ため息混じりにヘンリルが呟いて、放り投げて地面に落ちていた雑誌を瞬時に掴んだ。まさに神業、雑誌を丸めると神速でギーナスの頭を叩いた。スパーンと快音が響いてギーナスが頭を押さえる。


ヘンリル「今唄ってる唄が飽きたとかいうんでしょう。そういう根性が抜けるまでは、唄わせません。禁止です。唄ったら百叩きの刑です」
バルバド「……俺もですか?」
ヘンリル「バルバドもです」
バルバド「ちえー」
ギーナス「ちえー」
ヘンリル「『ちえー』じゃ、」

スパスパン、とバルバド、ギーナス両名の頭を丸めた雑誌でしたたかに叩く。
ギーナスは頭を抱えて、とうとうしゃがみこんだ。バルバドはぎりぎり立っているというていだ。

ヘンリル「ありません! 反省の色が見えない!」
ルイー「それくらいにしておけ、ヘンリル」

ルイー登場。

ギーナス「あっ、ルイーっ」
ヘンリル「ルイー……(ため息)あなたは甘すぎるんです」
ルイー「あなたもだろう。優しくなったと言うべきかな」
ヘンリル「なにをっ……」

ルイーはしゃがみこんだギーナスの前にかがんで、ヘンリルに叩かれた頭をなでる。

ルイー「痛かったろう、ギーナス。これからはヘンリルの言うこときこーなー?」
ヘンリル「あなたがそうだから……」

ヘンリルの丸めた雑誌の攻撃先がルイーになる。スパンとほぼ全力で叩かれたのにも関わらずルイーは無反応。

ヘンリル「皆が甘やかすんでしょう! しっかりなさい、副隊長!」
ルイー「いいじゃないか、まだ子供なんだし」
ヘンリル「一応は隊員です。この親バカ、人の話を聞くときは人の顔をきちんと見なさい」
ルイー「ちえー」
ヘンリル「『ちえー』じゃありません。大人としてしっかりしたところを見せてみなさい。いいですか、ルイー。これで今週」
ルイー「三回目。しかたがないな。一応あなたの小言を見守っていたんだが」
ヘンリル「小言と言わないでください。恩着せがましく言わない」
ルイー「はい、分かりました、隊長」
ヘンリル「……はあ、しかたありません、二人とも、晩御飯獲ってきてください。くれぐれも狩り過ぎないように」
ギーナス「はーい」

ヘンリルが踵を返すと、バルバドは息を大きく吸い込んで、吐き出す勢いに任せて言葉を吐き出した。

バルバド「ヘンリル隊長。今度の幻獣退治、そろそろ俺も連れて行ってください」
ヘンリル「それについては、これからルイーと話し合うつもりです。人員については、追ってお話しします」
バルバド「お願いします」
ヘンリル「考えておきます」

走り去るギーナスとバルバド。楽しげな(AD)

ルイー「(嘆息)……バルバドを連れて行ってやらないのか?」
ヘンリル「えぇ。危険過ぎます」
ルイー「ヘンリル」
ヘンリル「その危険さは、あなたが一番よくご存じのはずでしょう」
ルイー「……ああ。その危険さを、触れなければわからないことも」
ヘンリル「……」

ヘンリル「あなたは本当に甘い。甘過ぎます」
ルイー「ヘンリルほどではないさ。結局バルバドを甘やかしてる」
ヘンリル「いいえ。私のは、『優しい』というんです」

猫の鳴き声。

ヘンリル「おや?」
ミルヘン「お二人とも。悠長にしていられませんよ」
ヘンリル「ミルヘン。どうかしましたか?」
ミルヘン「どうやら、幻獣がこちらに向かっているみたいです。おそらく――」

猫の鳴き声。

ミルヘン「原初の幻獣ベヒモス」
ヘンリル「……!」

走る音。




爆音。



ギーナス「何っ?」
バルバド「何が?」
ギーナス「今、基地の方でなんか怖い音したよ!」
バルバド「は?」
ギーナス「どーん……って……ねぇ、バルバド」
バルバド「?」
ギーナス「私、帰る。あとよろしく!」
バルバド「はぁ? ちょっとまてこのクソジャリ!」





ベヒモスが暴れている。ベヒモスの角につかまりながら格闘しているヘンリル。


ベヒモス「(鳴き声)」
ヘンリル「――っ」

ギーナス「ルイーっ! ヘンリルーっ!」
ヘンリル「ギーナス! ――バルバド!」
ベヒモス「(鳴き声)」
ヘンリル「――っ! きゃあっ」

落ちた音。

ギーナス「ヘンリルっ!」
ルイー「ヘンリルなら大丈夫だ、安心しろ、ギーナス」
ギーナス「ルイーっ、ルイーは無事なの?」
ルイー「心配するな、俺は丈夫にできてる」
ギーナス「怖い音がしたから」
ルイー「……怖い音?」
ギーナス「何かが、壊れた、音」
ルイー「ギーナス……」


落ち着いた様子のベヒモス。


ベヒモス 「(ケット・シー、何故人と暮らすのだ)」

答えるような猫の鳴き声。

ミルヘン「私はヘンリルが好きだからですよ?」
ベヒモス「(同朋と争うことになっても、お前はその人間を選ぶのか)」
ミルヘン「幻獣は住む場所に依存するものでしょう。私は、ヘンリルの傍が住処なんです」
ベヒモス「(たしかに、貴様の種族はそういう性質だ。だが……)」
ミルヘン「……?」
ベヒモス「(更なる若き幻獣よ。貴様は何故人と暮らす)」
ギーナス「……え?」
ベヒモス「(人は今も幻獣が住む森を焼いている。我も里を焼かれ、ここにいたる。我と共に生き残った者たちは復讐を誓っている。崩壊後に産まれた人も、また愚かだ。許せるべきものではない。
      この新たな世界で、人と幻獣の憎しみの輪廻の発端となった唄う種族、森のセイレーンよ。貴様らが人と暮らし始め、人は唄を知り、そしてその力に慄き、貴様らだけでない幻獣たち全てが脅威とされ排除されている。過ちを何度も繰り返させるつもりか。貴様らは最も高い知能を持つ種族ではなかったのか。よもや、燃える森の姿を忘れたとは言うまい。森で生まれていないとも、言うまい)」
ルイー「ミルヘン、なんと言っているんだ?」
ベヒモス「答えよ、幼き幻獣よ。何故人と暮らす」
ギーナス「な、なぜって……」
ベヒモス「理由がないというのなら、我と共にくるがいい。それが、世界の秩序を正すためにも必要だ。所詮、幻獣と人とは、あいそれぬ。故に崩壊前の世界でも幻獣は人の前に現われなかったのだろう」
バルバド「お前言葉がしゃべれるのな」

歩く音。じゃり、みたいな。

バルバド「そうだろ、当たり前だろ? 幻獣と人はあいそれないんだ。憎みあうしかないんだ。どっちかがいなくなるまで戦うしかないんだ」
ベヒモス「幼き人よ、愚かだな。幼き幻獣よ、共に暮らす人にそのように言われても、それでも貴様は人と暮らすか」
バルバド「何を言ってんだ、お前」
ベヒモス「どちらかが根絶やしにされるまで戦ったとき、残るものは何もない。崩壊の繰り返しだ。そして今度は、再生さえしないのかもしれない」
ギーナス「もうやだ……」
バルバド「そんなことになるかよ、その前にお前ら」
ユーン「いい加減にしろ、バルバド」
バルバド「な……っ」
ユーン「ギーナスを見ろ。お前、これでどうして幻獣討伐に連れていかれないか、分かるだろ」


ギーナス、声をかみ殺して泣いている。


ギーナス「もうやだ……私、もう」
バルバド「ギー……ナス?」
ギーナス「やだよ! もう、殺しあうのはいや! 誰かが死ぬの見るのいや!」
ルイー「ギーナスっ!」
ギーナス「触らないでっ!」

銃声。ギーナスがとっさにルイーを撃ち抜いたのだ。
倒れるルイーに人々の(AD)

ギーナス「ル……ルイー……? わ、わたしっ……! いやっ……」


走り去るギーナス。


ルイー「はは……」


かすれるように笑うルイー。
静まり返る。


ルイー「あは……は……参ったな、拒絶されるのは初めてなんだ。強く、止め過ぎた……かな」
ヘンリル「ルイー!」
ルイー「俺に残ってたのは丈夫さと、悪運の強さだけだ。生きてる。さすがに、これは、痛いけど」
ヘンリル「当り前です。止血するから黙っていなさい」
ルイー「いや……このまま、ギーナスに殺されたほうが」
ヘンリル「黙りなさい! だからあなたは甘いと言うんです!」
ベヒモス「これが本来のあるべき姿だ。人と馴れ合うなど、幻獣としておかしい」
ミルヘン「あなたも黙っておいてください、名乗りもせぬ無礼者」

怒りのミルヘン。

ミルヘン「あなたは結局何をしにきたんです」
ベヒモス「幻獣の気配を頼りにきた。幻獣と人とは別れて生きるべき、交わるなと、忠告をしている。貴様には何を言っても無駄なのだろう、だがあの幼き幻獣は救いようがある。救うべきだ」
ルイー「救うべき……」

ルイーが小さな声で笑う。

ルイー「そう、だな。ベヒモスの名乗らぬ方。人の、それもあなた方の怒りを買うべき俺から頼むことを、聞いてくれるだろうか」
ベヒモス「ことによるな」
ルイー「ギーナスが……あなたの言う、幼き幻獣のあの子が、いずれあなたがたと共に行きたいと言ったのなら、連れて行っていただけるだろうか。これは俺の――養父である俺の願いだ」
ベヒモス「無論。
     しかし人よ、幻獣と人とはあいそれぬ。怒りを買うべきと言うのなら、貴様も理解しているのだろう。何故あれを育てた」
ルイー「……他人は簡単に、“情が湧いたんだろう”と言う」
ベヒモス「違うのか」
ルイー「あの時、あの場所で、どうやったらそんな感情を取り戻すことができただろう」

遠巻きに、悲鳴や燃え盛る音。
次のルイーの台詞中にフェードアウト。

ルイー「あの子の仲間を……もしかしたら両親をも殺した償いを出来るとは、思っていない。だが、あの子が笑っていてくれたおかげで、俺は今、起きて、生きている。それだけは現実現代にある、何よりの真実だ。だから、」

ルイー、息も切れ切れになっていく。

ルイー「せめて、あの子が生きる手伝いをすることができたなら、それでよかった。笑い続けてくれるなら、それでよかった。生きるための力になるというのなら、俺を恨んでもよかった。だが、あの子は惜しみなく、力の限りに“笑う”」
ベヒモス「……貴様、“迅雷の銃士”ルイーか」
ルイー「懐かしい名を」
ベヒモス「己が地位を捨ててまで護った存在だろう、それさえも手放せ得るのか。我を騙そうとしているのではないか」
ルイー「親は命を懸けて子を護るだろう。子はいずれ親の手を離れ自分の幸せを捕らえに行く。……そういうものなのだろう?」
ベヒモス「危ういな、ルイー。己がしたことを罪と思うなら、銃を置いて、力でないものでこの争いを止めてみせよ。罪を重ねた力に頼り続けるかぎり、貴様はただ逃げているだけの人だ。償いなどできぬ」

ベヒモスが失笑して、ゆっくりと踵を返す。
どしん、どしん、という音。

ベヒモス「いずれ、いずれのときを聞かせていただこう。ルイーよ、幼き幻獣の名は」
ルイー「ギーナス」
ベヒモス「……良い名だ。我々の言葉で“笑顔”という意味だ。我が名はワンザ。いずれ訪れたときは、今日のような歓迎はなしにしていただきたい」
ルイー「あれだけの勢いで走ってこられたら、誰でも警戒する」

ルイー、失笑。

ルイー「ただ……人は――俺は、あなたの言うようなことをできるほど、強くはない。力なき身ゆえに、また争いの場であなたに会うかもしれない」
ベヒモス「望むところだ。しかし、努力も人の本分。諦めるな」
ルイー「ありがとう、肝に銘じる」

ベヒモスの足音が遠ざかっていく。

ルイー「あぁ……でも、よかった。あの子に銃を向けられても、銃をとらなくて……本当に……本当に、よかった……それだけが、怖かった……」


ルイーの呼吸とまる。それぞれのAD。

ギーナスの母「にこー、だよ。笑って、ギーナス。笑顔は幸せになれる、唄よりも強い、とびっきりの力なんだから」

ギーナス「……にこー、だよ。笑って、ギーナス。笑顔は幸せになれる……とびっきり強い力なんだから……」

ギーナス「お母さん、お父さん……ルイー。私、これからどこで生きればいいの? 私たちに、居場所……ないの? ねぇ……ルイー……」





バルバド「……ギーナスは?」
ユーン「見失ったよ」
バルバド「なんで」
ユーン「ギーナスはすばしっこいからな」
バルバド「違うんだろ」
ユーン「何が?」
バルバド「ギーナスが、幻獣だから、見逃したんだろ」
ユーン「そんなめちゃくちゃな理由があるか」
バルバド「だって、ギーナスが幻獣だなんて初めて聞いた! なんでみんな黙ってたんだよ! 結局ルイーまで殺され……っ」
ユーン「黙れよ、バルバド」

間。

バルバド「……でも、本当だ」
ユーン「あぁ。けどな、ギーナスはギーナスだぞ」
バルバド「……でも、幻獣だ。
     幻獣なんだ。あいそれない存在だったんだ。だって証拠にルイー」
ユーン「黙れってんだろ!」

間。

バルバド「……ギーナス、戻ってこないのかよ」
ユーン「……さあな」

間。

間の間に猫の鳴き声が聞こえてくる。

バルバド「でも……俺、ギーナス、帰ってきたら殺さなきゃ……」
ユーン「なんだと?」
バルバド「幻獣に復讐するって、誓った。死んだ町のみんなに誓った。ボロボロになって死んでた家族に、友達に……」
ミルヘン「私にもですか? バルバド」

猫の鳴き声。

ミルヘン「私にもですか? バルバド、あなたの足元ですよ」

猫の鳴き声。

バルバド「……ミルヘン?」
ミルヘン「えぇ。実はね、私も幻獣なんです。もともとヘンリルの飼い猫なんですよ」
バルバド「何で?」
ミルヘン「何でって、何がです?」
バルバド「みんな、なんでそんなに平気な顔して、人間と幻獣と一緒になってるんだよ。知らなかったの、俺だけか?」
ミルヘン「さあ、私は隠しているつもりはなかったので。
      それよりもユーン。ルイーに会いに行ってあげてください。私はバルバドに話があるので」
バルバド「俺には何にもねぇよ」
ユーン「わかった。あの馬鹿に会いに行ってくるか」
バルバド「ユーンっ!」
ミルヘン「ギーナスの居場所について、教えて差し上げますよ、バルバド」
バルバド「……」
ミルヘン「ギーナスは、ここから東にしばらくいったところにある、今は荒野のところにいますよ。――と、いいますか、そこしか思いつくあてがなかったのでしょう」
バルバド「……どうして」
ミルヘン「ギーナスが生まれた森があった場所ですから」
バルバド「……あった?」
ミルヘン「焼かれたんです。“迅雷の銃士”率いる貴族派の兵士たちと、“迅雷の銃士”の個人的な憎しみに呼応した人たちとに」
バルバド「……ルイーが?」
ミルヘン「えぇ。なんでも、大本の理由は両親が殺されたからだとか……あなたもその場所にいけばよろしい。ヘンリルの小言なら、私が受けておきますよ」
バルバド「……ありがとう」


バルバドが走り去る音。


ミルヘン「いってらっしゃい、バルバド。私はどっちに転んでも後悔しませんよ。でも、願わくは、あなたもギーナスも笑顔で帰ってきてくれることを」






風の音。
風の中に混じって、ギーナスの歌が聞こえている。


バルバド「……ギーナス?」

間。
ギーナスの歌は止まらない。

バルバド「いるんだろ、ギーナス。なぁ、おい……おい、クソジャリ!」

ギーナスの歌が止む。代わりに、苦しむような泣き声のような声が聞こえてくる。


バルバド「おい、どこにいんだよ」
ギーナス「どうして……」
バルバド「クソジャリ!」
ギーナス「私、殺さなきゃいけないの、戦わなきゃいけないの、どうしてかわからないの。ミーちゃんが言ってたことようやくわかった……理由もわかんないのに戦うのって、悲しい」
バルバド「何言ってんだ……理由なんか……あ」

「ある」と言えずに口ごもるバルバド。

自分がこの場所にきた理由を理解していない。

ギーナス「ないよ! 私ルイー殺した! 自分で居場所なくした! 居場所なくす戦いなんかいや! 争いなんかいや! 人間のこと憎いけど、みんなのこと嫌いじゃないもん! でも戦わなくちゃいけないの!」
バルバド「何言ってんだ! 何でなんだよ!」
ギーナス「私は幻獣なの! バルバドとも、ヘンリルともユーンともルイーとも違うもん!」

銃声。

バルバド「本気かよ!」
ギーナス「戦わなくちゃみんな悲しむ! 殺されたみんな!」

銃声。

バルバド「あぶね……っ!
      くそっ……」

剣を抜く音。

バルバド「なんで……なんで戦わなきゃいけねぇんだよ!」
ギーナス「そんなのわかんないよ!」


効果音。


バルバド「馬鹿げてる! なんなんだよ! なんで戦いたくないのに戦わなきゃなんねぇんだよ!」
ギーナス「本当に? バルバドは戦いたくないの? だってあいそれない、幻獣と人間はあいそれないって!」
バルバド「でも、本当は――お前となんか、戦いたくねぇよ!」
ギーナス「戦ってよ!」
バルバド「お前は戦いたいのかよ!」
ギーナス「死にたい……っ」


泣きむさぶギーナス。

ギーナス「殺してほしい……っ」
バルバド「俺は……」
ギーナス「私は幻獣だもん! バルバドは人間! 殺し合わなきゃいけないんだもん!」
バルバド「俺は! お前が笑ったから――最初に会ったときにお前が笑ったから! お前と一緒に笑えたんだ! なのに、なんでお前が幻獣なんだよ!」

なんか効果音があればいいと思います。きぃんみたいな。金属音。

バルバド「なんで、それぽっちで、憎しみ合わなきゃなんねぇんだよ! ちくしょう!」


銃声と切り裂く音が同時に。ギーナスの歌が止む。
間。


ギーナス「にこー……だよ、笑って、バルバド」


ギーナスが倒れる。
ほんの僅かに聞こえる程度に、ギーナスの母親の声。
「にこー、だよ。笑って、ギーナス。笑顔は幸せになれる、唄よりも強い、とびっきりの力なんだから」
のセリフにエコーのような、かぶるような、ギーナスの、前後のセリフ。


ギーナス「笑うと、幸せになれるんだって。だから、笑って、バルバド」
バルバド「もう、いいよ」
ギーナス「……?」

ほんの少し、間。にわかに雨音が。

バルバド「もう、笑うな」
ギーナス「……あ」

抱き締めるSEと、カランっていう銃を落とした音。


バルバド「俺がきっと……俺がきっと力じゃないもので、この争いを止めるから。だから、お前、寝てろ。何も考えなくていいから」

間。
雨音が入り込む。徐々に大ぶりになっていく雨。

ギーナス「うん」

力ないギーナスの歌声。
 徐々に途切れていく、力尽きていく声に、バルバドの嗚咽が混じる。
 本当に最後のあたりでギーナスの歌にバルバドの声が重なり、ギーナスの声が途切れたところで、バルバドの歌も止まる。
  バルバドの泣き声でおしまいです!!






 〜書き流しあとがき〜

 御拝読ありがとうございます。作者からちょっとした言い訳作成経緯みたいなものを。
 こちらは「吟遊詩人 〜赤い瞳の少女と少年〜」っていうオリジナルの小説(中編ぐらい)を当時在籍していた声優タレント科の卒業制作のために小説をCDドラマ用の台本に直してみたものです。当時も色々時間なかったのでところどころ小説の中身がそのまま入ってたりするところがありありとお分かりになるかと(苦笑) そこはフィーリングで音をつけろ! みたいな勢いでした(マテ
 結局こちらは、没になりました。(結局いつもの活劇で提出してます。当時のことは当時のブログに叫びとして書いてあります(苦笑)
 何故没って、卒業制作にするには、あまりに後味が悪い

 本来の小説の方は、こんな終わり方しません(な、予定)
 途中で話が80度ぐらい曲って、もちょっとハッピーエンド(のはず)


 っていう台本っぽいものでした。
 いやはや、台本をWebにUPするのって小説に比べて面倒な作業なんだな、ってことを理解しました(汗汗)


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