青々と茂っていた草たちが徐々に色づき、実を脹らませ、木々は様々な色に彩られる。山は複雑な色を現して、風は冷たくなっていく。空は晴天。広く高く、変わりゆく地上を見守っている。 そんな中、エレヴァ=タライズは不機嫌だ。 「今日は非番だったんだぞ」 「しょうがないね」 「予定があったんだ」 「しょうがないね」 「……てめぇ、人事だと思って、気にしてないだろう」 「しょうがないよ」 街の警備兵エレヴァ=タライズは村の入り口で愚痴をこぼす。相手は同じ警備兵で同期であるクバナ=ディアルクである。彼はエレヴァの愚痴はまったくきにしていない。それどころか殆ど聞いていなく、『しょうがない』を繰り返すだけだ。 エレヴァはしゃがみこんでいる。自分の長剣を抱いて、やる気はなく、時々来る旅人や、町人の出入りを見張っている。クバナ=ディアルクは呆然と空を見上げている。 「境遇は同じさ」 初めてクバナが『しょうがない』以外の言葉を言った。溜息をついて地面に眼を落す。 「食中毒だもんなぁ、皆」 そういって一緒に溜息をついた。 「……なぁ、これで何回目だ?」 「三回目。全部休暇踏み倒し」 「なんで俺たちだけ無事なんだろか」 「胃腸が丈夫なんだろうね」 ここで旅人がきた。宿屋の場所を聞かれる。旅人が去ってまた二人きり。 クバナが懐から時計を取り出した。 「そろそろ巡回の時間だ。行こう」 「嫌だ」 「だめ」 エレヴァは溜息をついた。それから徐に立ちあがると、クバナの横に並んで町に入っていった。この間、この入り口は封鎖され、他の入り口から入る事になっている。入り口の大きな扉を閉めると「封鎖中」の文字が浮びあがった。 エレヴァ=タライズとクバナ=ディアルクは今動ける数少ない―――といっても今はこの二人だけなのだが―――警備兵として街を巡察している。街は荒れているようだ。今回の警備兵食中毒事件も仕組まれたものでないかと疑わせるほどの騒ぎよう。 こんな時、必ず関わっている人間がいる。 ダンサ=ジャーソウ。力量はあるのだが、警備兵試験で見事に落ちてしまった剣使いである。鍛えられた体は筋肉で太り、顔も、どうも見た目が良いとは言えない。力技が得意で、単純な技ばかりで、よって落ちた。 エレヴァはこのダンサが大嫌いである。毎回騒ぎを起こすのはこの人物だからだけではない。いわゆる、"恋敵"であったのだ。今回もそれがらみであろう。 クバナが先になって人ごみを分け入る。 「警備兵だ! すぐ止めないと連行するぞ!」 クバナとエレヴァはこの街でよくしれた警備兵である。なにせ、毎日のように当番になっているのだから。騒ぎが一瞬として静かになった。しかし、中心部はまだ騒ぐ奴がいる。 他でもない。ダンサ=ジャーソウである。 「警備兵? はっはっはっは! 俺様を連行できるものならやってみせなぁ!」 げらげらと下品に笑う。どうやら酒を飲んでいるようだ。 エレヴァは、グローブをした手で顔を覆い、溜息を付きながらしぶしぶ中心部にやってきた。クバナは既にその中心部にぽっかり空いた人だかりの穴に立って、ダンサと向き合っている。 「エレヴァぁぁっ!」 「おぉ〜とナンちゃん。そう簡単に何処かへ行っちゃ嫌だな」 訓練のやり過ぎで硬くなった手の平でナンと呼ばれた女性の肩を押さえ、手前に引いくと彼女は崩れてしまった。 エレヴァは出きるだけ冷静に、と思いつつ、長剣を抜く。 「飲んだくれは家に帰って寝ろ」 エレヴァの長剣で警備兵の印が光る。目は鋭いものに変わっている。 ダンサ=ジャーソウは鼻で笑った。反対にクバナ=ディアルクはとても嫌な予感に苦笑いをしている。 「俺に、逆らおうってか?」 くすくすと笑っている。酒くさい息ですぐ傍にいたナンは咽ている。 今にも切りかかって行きそうなエレヴァの首根っこを掴んでクバナは唐突に伏せた。 「ナンに触るなぁっ!」 叫び声とともにダンサの横面に細い足の蹴りが入るといきなりの衝撃にダンサは横倒しに倒れた。 高い女の声である。その女は丁度クバナとエレヴァの上空を過ぎて飛び蹴りをしたのだ。クバナは小さく溜息を付いた。彼女はフェル=クェンス。 「あ、アマァ……」 ダンサはくらくらする頭を押さえながら立ちあがり、フェルに剣を抜いた。しかしクバナが手首を剣の柄で強打して、ダンサは剣を落とした。続いてエレヴァである。完全に苛々した様子で叩頭部を蹴ると、長剣をしまった。ダンサは気絶して、再び倒れた。 周りから歓声が上がる。まるで催し物をみたような騒ぎようである。しかしそんなことをいちいち気にしてはいられない。いつものことだからだ。 クバナは溜息をついてフェル=クェンスをみた。 「無茶しないで……」 「いやよ」 フェクは腰に両手を乗せている。 「だって頼りになんないもん」 クバナは苦笑いをし、何かいいたげで口を開こうとすると、フェルは先に言ってしまった。 「酷くなんかないでしょ。付き合った途端に避けるように仕事ばっかりでさ」 「だからそれはね?」 「こんな毎回毎回都合よく集団食中毒なんかなるもんか! クバナの馬鹿っ!」 「フェル!」 すぐに追いかけようと思ったが、今は勤務中でもあるし、彼女より自分は足が遅いし、それに何より酷く寂しそうな顔をしていた。だからクバナは追いかけられなかった。自分があんな顔をさせているのに、都合よく追いかけられないだろう、と。 野次馬はだんだん遠巻きになっていく。その中でクバナは淡々とした様子でダンサ=ジャーソウを、食中毒にかかっている警備兵たちの本部へ運んで行った。その間に、困っている人が一人。 先ほどまで野次馬の作っていた輪の中心に、横の酒場の外壁に向かって座り込んでいるナンがいる。その横で立ち膝をして、一生懸命に話しかけようとしているのがエレヴァ=タライズである。しかし彼の口からなかなか言葉が出てこない。何回も口を開くがすぐに閉じてしまう。どうしたら良いのか分からないのか、横にいるにも関わらず、彼らの間に会話がない。ナンは酒場の外壁を見つめている。 エレヴァは恐々とナンの名前を呼んだ。ナンは目だけでエレヴァの顔をみて、また酒場の壁に目線を戻した。その様子にエレヴァは肩をすくめると小さい声で「ごめん」とだけ言い、暗い顔で立ちあがった。 「クバナ。そろそろ入り口に戻らないといけない時間帯じゃないか?」 クバナは時計を取り出すと無言で頷いた。二人とも後ろ髪を引かれる思いで事件のあった場所を離れた。途中、エレヴァが首を垂れて呟いた。 「どうすりゃいいかわかんねぇ」 「俺だってわかんないよ」 風に乗って、色づいた木の葉が二人の目の前に落ちた。秋の木の葉は渇いて良く飛んで行く。そして秋の空は嫌味なほどに真っ青だった。 エレヴァ=タライズとクバナ=ディアルクは再び街の入り口の門について、出入りする人々を見守っていた。普通の旅人はそうでもないが、男女二人の観光旅行だとかをみていると苛々してくる。嫉妬とかそういう感情ではなく、どうしてか自分の情けなさに苛々がつのるのだ。どうして自分はいつも仕事ばかりして、相手に危険な目を合わせてしまったり、なかなか一緒の時間が無いのだろうと。エレヴァとクバナは同時に溜息をついて言う。 「食中毒だもんなぁ、皆」 秋の青い空を見上げた。また一人、町の人間が他の街から帰ってきた。明るい挨拶をして、いつものように二人の間を通って行く。クバナは最大の難関を思い出した。 「この食中毒事件、どうやって誤解を解いたらいいと思う?」 毎回おこる食中毒は程度が低いもので死人はでず、皆「腹がいたい」だけなのだが、どうしてかクバナもエレヴァもかからない。そして他の人間は全員かかる。都合が良すぎるほど悪い。 「フェル、完璧に俺のこと疑ってるんだ。直接は聞いてないんだけどさ、すぐにわかる」 エレヴァは人差し指で頬を掻いて、苦笑いをするとクバナに向かった。 「そんなことしたら俺が殺してる、っていっといて」 「ありがとう。そうするよ」 クバナは街の巡回からかえってやっと笑った。「よかった」と思いつつ、一瞬だけさった思考が頭を歩き始めた。一番強く思うのは、「なんで俺が悪くなるんだ!」ということだ。悪いのはほぼ、ダンサ=ジャーソウではないか。それでも罪悪感が鯨のようにのしかかってきて、ここにいるのがやっとというほどだ。ナンは、酒場の壁に向かって泣いていた。たとえ何度もあったこととはいえ、やっぱり怖いことは怖いのだ。泣いていたあの顔が眼前に居座って離れようとしいない。エレヴァは奥歯をかんだ。 夕暮れ。紅く染まった門の前でエレヴァがしばらくの沈黙を破って口を開いた。 「俺、明日休むわ」 「え?」 「だからクバナ、たのんだ」 「まてよ! 俺だって休むつもりだったんだぞ!?」 お互いに驚いたように相手を見ている。クバナは恥ずかしそうに頭を掻いている。 「たまには休まなきゃいけないだろうって思ったんだよ。フェルのために」 クバナの顔は夕日にあたっているせいか紅い。エレヴァは小さく笑った。 「わ、笑うことないだろ!? 俺だって、たまにはフェルとさ……」 口篭もってますます恥ずかしそうにうつむいた。しかしエレヴァはしゃがんでいるのでますますクバナの顔がみえるようになっただけだ。 「以外と純粋だよな、お前」 「真顔でいうなよな……そういうお前も、本当は似たようなものだったんだろう?」 エレヴァはただそっぽをむいた。 「あーあ、秋の空って青いよなぁ。純粋で、光が真直ぐに降りてくる。俺もそんなんだと思うんだけど」 しゃがんだ足に頬杖をついて夕日を眺めている。クバナは飽きれたように短く息を吐いた。 「はいはい。今日封鎖時間が過ぎたら一緒に団長に休暇申請しよう。今まで休めなかった分、脅し入れればなんとかできるだろうから」 「それでこそ俺の親友クバナ」 「一緒にやるんだからね、親友のエレヴァ」 刺のある満面の笑みを湛えた。 明日はきっと晴れ。秋の純粋な青空が見えるであろう。 |