89.ファルカ 大通りにて

   石畳で綺麗に舗装された道。整列された家々を十字に区切る大通り。馬で移動することも許可されているファルカのこの大通りを馬に跨って移動しながら、エアーの横に並ぶのはいつもの赤紫のローブを着こんだ魔道士ピーク・レーグン。彼のこの格好は夏でも冬でも変わらない。
「この大通りの真ん中にでっかい病院があります。そこの院長の奥さんがファルカの領主です」
 二人の後ろに続くのは四人の剣士、三人の魔道士。総勢九人で、最近問題になっているのだというファルカ近辺を根城にする盗賊団討伐にやってきた。他の手はファルカに借りる手はずになっている。
「行くか」
 ぱっかぱっかと、のんびりとした歩調で馬が歩く。真昼のファルカの大通りに人は少なく、盗賊団の被害を物語る。
「あの、質問をしてもよろしいでしょうか?」
 控えめに二人の背後の剣士の一人、マーカー・クレイアン・サーが声を上げた。少し馬の歩みを速めて二人のすぐ後ろに並ぶ。
「どうした」
「ファルカには護り家があるはずです。大抵はその護り家がことを治めるので、王国軍に干渉されることがなかったと……」
「あー……、えっと?」
「はい、マーカー・クレイアン・サーです」
「あぁ、クレイアン家の。そう、ファルカに護り家があることはあるんすけど、最近その実態をなくしてて」
「はい」
「ファルカの領主ん家――ローン家に忠誠を誓ってるカルファシエの家長が大抵ものすごい黒魔道士なんで護り家って呼ばれてたんですが、今のカルファシエ、白魔道士なんです。まぁ病院いきゃあ分かりますよ」
 それより、とピークがマーカーの顔を覗き込んだ。至極嬉しそうなピークの表情。マーカーは面食らった。マーカーの少し後ろで、ピークの副官ビジカル・スティーが大きくため息をついた。
「魔法覚える気ありません? なんならうち来ませんか」
「え?」
「いやー、その潜在魔力、たぶんトア級でしょう。覚えたら上級魔道士ぐらいにならとっととなれると思うんすけど」
「あの……困ります、ピーク高等兵士。俺は剣士です」
「いやいや。ほら、あのワイズだって元は竜騎士志望の見習いっすよ?」
「困ります! 隊長っ」
 助けを求めてマーカーがエアーを呼んだ。エアーはピークを不審者でも見るような顔で見ていて、マーカーに呼ばれると大きくため息をついた。
「お前の好きにしろ」
「そんな困ります、俺は魔法を覚える気はないんです!」
「だから好きにしろと言ってる。ピークさんも無理強いはしないはずだ」
 言われたピークがあははと笑った。マーカーから少し離れてエアーの隣の、先ほどまでの位置に戻る。
「そこまで言われたら引きさがるしかないっすよねぇ。いいっすねー、エアーんとこは。人材が豊富です」
「教士」
 後ろから鋭く懸けられた声に、ピークの笑顔が苦笑になった。ピークの副官ビジカルは、ピークを魔道士隊の前身、魔道士学校時代から変わらず教士と呼ぶ。
「俺は絶対に、ルタトとミーシャに副官としての苦労話をしようと思います」
 尊敬も何もなくなっちまえと言わんばかりの口調である。ピークの横でエアーが肩を竦めたので、ピークの逃げ場はまずない。
「まったく、人を何だと――」
「後ろだ」
 ピークの言葉を遮ったのは落ち着いた声音。エアーは言うが早いか、馬面を返した。馬面を返したエアーに習って、ピークもすぐに馬面を返す。病院とは逆の方向に向かって、馬を走らせたタイミングは一緒。隊員たちの脇を通り抜けて、二人が馬で駆け抜ける。隊員たちは慌ててそれに従うのみだ。
 二人が向かう先には、笑い声を上げながら馬を走らせてくる三人の男。
「ひゃははは! これが彼のファルカかよ! 見ろよ、ビビってほとんど誰もいねぇ!」
「ま、俺たちには強い味方がいるってもんだし、な!」
 一人が通路から避けていた女の一人の腕を掴んだ。赤毛の三つ編みの。
「今日は、お前だ!」
「じゃあ俺はこっちの――」
 反対側の女の子に手を懸けようとした瞬間、男の目の前を影が横切って、女の姿が消えた。ついでパチンと音が聞こえて、男に電流が走った。
「ぎゃあっ」
「は?」
「な、め、ん、な!」
 悲鳴を上げた男に気を取られているうちに、赤毛の女が腕を掴まれたままぴょんと跳んだ。跳んで、男の顔に回し蹴り。スカートがひらりと舞って身体をひねって一回転。手を逃れて着地した。
「もうっ、スカート動きにくいからやだって言ってるのに!」
 スカートの位置を直して少し顔を赤くしながら呟く。あれ? と訝ったのは女の子を抱えたままのエアーだ。
 顔を蹴られた男が逆上して剣に手をかけて馬から飛び降りる。赤毛の女が少し、息をのんだ。
「はいはい、油断しなーい」
 再びパチンと音がして、剣に手を懸けた男もぎゃあと悲鳴を上げた。上げた間隙に、同じく馬から飛び降りてひょいっと、ピークが赤毛の女の前に立った。
「ホルン! ライフ!」
 遅れてやってきた隊員たちがばらばらと男たちを囲む。エアーに呼ばれた二人はそれぞれに、通行人の保護に回った。
 エアーが抱えていた女の子は、終始噛みつかんばかりの勢いでエアーを睨む女、ライフ・ホリデドが。
「女の子に軽々しく触らないでください」
 と憎まれ口を叩いて受け取る。抱えていた荷物がなくなると、エアーも馬から降りた。
「なんだ? お前ら逆らうつもりか?」
 馬に跨ったまま最後の一人が脅すように、声を低くした。それをエアーは鼻で一笑する。
「逆らう? こっちの台詞だ」
「何様のつもりだ!」
 吠えたのは、エアーに獲物を横取りされた男だ。馬に乗せられていた槍を取ると、問答無用とばかりにエアーを襲う。エアーは本当に軽く、身体を寄せただけで槍を交わした。
「遅い」
「けっ、うるせぇ、強がりのがっ!」
 もう一度槍を突き出そうとした男に、エアーはつまらなそうに剣を素早く抜いて、首元で止めた。一瞬だった。
「帰れ。二度はない」
「なっ……!」
 息をのんだ男の後方で、再びぎゃあと声が上がった。白眼をむいて倒れたのは剣を抜いたままの男で、その前でばちが悪そうにしているのはピークだ。
「いやー、襲ってくるとは思わなかったんでー」
 たぶん生きてると思います、と妙に硬い口調でピークは呟く。
「帰れ。次はないと思え」
 エアーに剣を向けられている男が歯ぎしりした。今にも暴れ出しそうな男を静めたのは、もう一人の男。冷静に馬に跨ったまま。
「分かった。帰るぞ、そいつ拾え」
「……ちっ」
 男が身を引くに任せてエアーも剣を引く。倒れた男は剣士ワネック・アスキが馬に乗せていて、どうぞとばかりににこにこと笑っている。
 身を引く三人の殿で、終始冷静にことを見守っていた男がわざとらしく声を上げた。
「王国軍! やりにくくなるなあ!」
 言って、大声で笑った、どこか食えない男。
 三人をしばらく睨みながら見送って、エアーは剣を鞘にしまった。大きく息を吐いて、視線を別に送ろうとした瞬間、おそるおそる、エアーの袖を赤毛の女が引っ張った。
「あのぉ……」
「?」
 何故か顔を真っ赤にしてうつむいていて、言いにくそうに言葉を汚している。エアーはしばらく赤毛の女を見下ろしていて、ふと。
「あ……」
 エアーが不器用に笑う。嬉しさを必死になって殺していて、どこか悲しそうな顔でエアーは笑うのだ。
「イオナ?」
  
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