83.無知、されど汝は

  ○○●○


『我らの意によるものだと?』
『争いを起こしたのはお主である』
『勘違いも甚だしい』
『……違う……思う』
『酷い! なんて酷い月人だ!』

「俺じゃない……」

『汝罪人である』
『永劫に許されることなきを』
『まだ何か言うことがあるのか?』
『あれ……罪、思う……』
『なんて奴だ! なんて嫌な奴だ!』

「俺じゃない、俺が始めたんじゃない始まってた! 俺は月人じゃない! ここは月なんかじゃないっ」

『嗚呼何と!』
『なんと小さきこと』
『勘違いも甚だしい』
『違う……お前、言ていること違う』
『無知だ! ものすごい無知な奴だ!』

「だったら……」


●●○●


「お前らは何を知ってるって言うんだ!」
 自分の怒鳴り声と共に覚醒した。エアーははとして今自分が見ている世界を確認する。
 汚れた白い布。無造作に置かれた荷物の山。
 音がたつぐらい大きく呼吸をしていて、身体は気持ちの悪い汗で濡れている。
「うああ……」
 現実に戻ってきた。
 いつの間にか半身を起していて、呻くのと同時に頭を抱えた。
「勘弁してくれ、今年ぐらい」
 今年も夢にやってきた、二十四の天魔の獣たち。今日は五匹。
 明日は何匹かなあと思いながら、うっそりと自分が作った寝床から起き上がった。掛け布団代わりにしていた上着に袖を通そうと持ちあげたところで、ぱさりと音がした。
「うっわ、ホントにばかでかい声で悲鳴あげるんすね」
「うっわ、おはようございます」
 エアーしかいないテントに無遠慮に入ってくる。魔道士ピーク・レーグン。へらへらと笑いながら「はいはい」と。
「おはようございます。通りがかったらものすごい声がしたんで立ち寄ってみました」
「すみません、ものすごい声で。五番隊長よりましでしょう」
「ん? あぁ、あれは騒音ですから」
 エアーの不機嫌もなんのその。ピークは涼しい顔で返答する。エアーはピークの顔から眼を逸らすと、極短く嘆息した。
「で?」
 テントの端に置かれていた折り畳みの簡易椅子を無遠慮に広げて座って、ピークはエアーを見る。
「どういう夢なんすか? 無鉄砲の総司令補が悲鳴を上げる夢っつーのは」
「聞いてどうするんですか、そんなの」
「いや、興味本位で」
「へー」
 エアーは上着に一気に袖を通した。先ほどからにこりともしない。
「天魔の獣たちが出てきて、いわれもないことで俺を責める夢ですよ。……ったく俺が何をしたってんだか」
「たとえば、どんなことっすかね?」
「今日は、『争いが起こったのはお前のせいだ』」
「あぁ、天魔史にも出てくる台詞です。天魔の獣たちに反論した赤紫の目を持つ剣士が天魔の獣たちに言われるものの一つっすね」
「ふーん」
「どっかで読んだか聞いたかしたのを覚えてたんじゃないんすか? 気に病みすぎです」
「そういうあなたは、気にしなさすぎだと思いますけどね。魔道士隊長?」
「あはは、よく言われます」
「笑いごとですか。だいたい、知りもしない魔道士が同じ部屋になったのだって不思議だったんです」
「あぁ、あれは俺の希望です。面白い奴がいるつってワイズに聞いてて、そいつが高等兵士になるんで、面白そうだからつついてみようと」
「悪趣味なんですね」
「それもよく言われます」
 ピークは笑う。笑いながら同じ空間にいる、とエアーは思った。少し目を細めてピークを見てから、エアーは剣を持ち上げて装着する。
「最終の、九時ごろでしたよね」
「はい、たしか」
「じゃあ、それまで俺は、準備運動にでも行ってきます」
「どこに行きます?」
「湿地の辺りにでも」
「わかりました、避けときます」
「ありがとうございます」
 エアーはぺこりとお辞儀をして、テントからさっさと外に出た。
 外に出たエアーを見送って、ピークは苦笑。機嫌が悪い、と感想を持つ。聞くに増して嫌な夢なのだろう。
「さて、と」
 剣士の間ではエアーのこの不機嫌は常識。十二番目の月が昇って悲鳴を上げて起きる間は、起きたしばらくはエアーに近づかないほうがいい、が周りの見解だった。
「おーい、エアー」
 ぱさり、と二人目。テントの入口が開いた。
「うわ……おはようございます」
 中にいるピークを見て思い切り苦笑になった、騎士隊長ミレイド・テースク。ピークはミレイドを見るとあははと声を上げて笑う。
「いやー、タイミングいいっすねぇ」
「……エアーは?」
「ついさっき出てきました。思いっきりすれ違いの上に、誰も近づくなって顔してます。近づいたところで逃げそうっすよ」
「あーあ、先に確認でもしようと思ってたのに」
 両手を上げてミレイド。肩をすくめてテントの中に入る。
「で、俺はピークに付き合わなきゃならないんだろう?」
「いやー、飲み込みが早くて助かります。付き合いが短くないと楽っすよねえ」
「ことによったらビジカルに告げ口しとくから。ビジカルと俺はツーカー」
「あはは、まぁ、そんな必要もないかと」
 パチン、とピークが指を鳴らした。鳴らした途端、外から聞こえていた喧騒が止んだ。不可侵の魔法である。
「さて、と」
 椅子からひょいと立ちあがって、ピーク。自分が座っていたあたりに向けてもう一度パチンと指を鳴らす。鳴らすと、宙に二重円に十字、さらに四つの円が一つの図形を作り上げる。――魔法陣。
「ミレイド、こっち来てください。そこに敷くんで」
 ミレイドはすっかり諦めたていで、「はいはい」と答えると、ピークの少し後ろに並んだ。ミレイドがいなくなった空間に魔法陣が落ちると、ピークはいつもの緊張感のない顔で。
「ハイ、完成。くるならとっとと来てください。来なきゃすぐに消します。暇じゃありません」
 ス、と魔法陣の上に小さな手が現れた。
「ふん、黙れ」
 答えた声、女性のもの。手が現れた場所を境界線に、それを超えるようにひょいと小柄な女性が姿を現した。続き、大柄な男が姿を現す。
 ――コリネット・ヌーガスカ・アークがいる。
  
One Chapter Ago?←//→Next 
inserted by FC2 system