71.“総司令補”

   ウィアズ王国軍が三大隊制になって、数ヵ月後。秋のことである。
 最近後名をつけたカタン・ガータージ・デリクはようやく、自分の総司令補がエアー・レクイズになったのかという意図が見えてきた。
 エアーが高等兵士になってから一ヶ月間。エアーは純粋に個人としての戦闘能力のみに長けているところばかりが目についた。高等兵士としての事務仕事や隊務には、かなりの苦戦を強いられているようだったから。
 カタンは少し頭を悩ませたが、エアーはほどなく順応した。どうやら彼の出身地であるフリクには教え上手の教士がいて、エアーも幼少期に教えを受けたらしい。その時の知識が役に立ちますと、苦笑を浮かべながらエアーはカタンに言った。
 隊務については、エアーの副官のエリクが役に立っていた。エアーが至らない点、手をつけられない点をすぐに見つけては処理する。最初は二人とも悲鳴をあげるような危うさだったけれど、最近では安定したものだ。二人の未熟な点も隊員たちは受け入れ、その分奮起しているせいだろう。
 そして数ヶ月。
 十二番目の月を目安に戦おうと、マウェートから挑戦状が送られてきた今。スノータイラーで敵と対峙するのは第一大隊に決定した。
 新たになった王国軍の、大々的な初陣である。
 王国軍の威信をかけても、負けてはならない戦いだった。
「これは遊びじゃない!」
 第一小会議室。
 数人が入れるだけのこぢんまりとした部屋の中で思わず立ち上がり、叫んだのはエアー・レクイズ。ばしんと机を叩く。
 眼の前にはカタン。
「敵の挑発に乗ってどうするんですか!」
 言葉はそれなりに気をつけているつもりのエアーだが、やはりどこか失礼。同じ大隊で同じ席に座るナーロウが少し眉をあげた。
「ここは少数でも迂回させて、奇襲したほうがいい。敵が混乱してくれれば戦いやすい、犠牲も少なくなる」
「そんな簡単に奇襲が成功するものか!」
「成功させるのが、俺たちでしょうが!」
 この物言い。
 高等兵士になってほんの数ヶ月。それも初めての大々的な戦いにおいて、これほど口出しをした人間は少ない。多少は遠慮なり謙遜なりするものだが、エアーにそんな殊勝なものは見当たらなかった。
「では」
 カタンが半眼になった。
 この後に続く言葉を、エアーは予想できている。反論しながらも自分で無謀だと確信できるのは、必ず意見が通ることがないことを知っているから。
 この大隊にはカタンの支持者が二人もいるのだ。
「ナーロウさんは、いかがに思いますか?」
 その一人、ナーロウ・ワングァ。カランと交換した形で第一大隊に就いたが、そもそも総司令の経験もあるほどの人物だ。王国軍で最年長に近い高等兵士の三人、“三練士”の一人。
「敵からの書簡にはこうある。『正々堂々戦うべし』」
 ナーロウが腕を組んだ。
「総司令補においては不服だろうが、敵の挑発にも乗らなければならない時がある。書簡の通り正々堂々戦わなければ敵に礼を欠き、我々は卑怯者の烙印を押されよう」
 エアーの眉間にしわが寄った。反論をかろうじて飲み込めたのは、ナーロウの論に一理ありとも思ったからだ。
 立ったまま言葉を飲み込んだエアーに視線を向けて、カタン。
「他に反論はあるか、総司令補?」
 エアーはカタンを見て、やはり本音を飲み込んだ。
「何も、ありません」
 答えてエアーは椅子に座った。
「よし。では先に進もう。報告を」
 エアーはそれぞれの報告を耳にしながら、口を閉じたまま。
 今回の戦いは地上隊の消耗が多くなりそうだ。
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