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合図とともにエリクが飛び出した。鋭い突きだ。生かな実力ならば反応するのもやっとだろう。けれどエアーは左半身を翻してエリクの突きを避けた。
そのまま剣を振ることもできた。が、エアーは躊躇った。
(絶対相当痛いのぶちこむしな、この状態じゃ)
勢いで剣を振ったなら、必ず怪我をさせる、と思った。ただでさえ自分の短所を補うべく、攻撃は敵の弱点に向けるように訓練してしまったのだ。
「ちぇ」
とんとん、と地面をけって、エリクから離れた。エリクが顔をゆがめた。
「やっぱりやらないと思った。遠慮すんなよ」
「見破っといてあれかよ。ったく」
短く嘆息、エアー。
「お使いなしにしないか?」
「だめだめ、俺は会ってみたいんだよ、十三歳にして聡明って名高いセイト様」
「ふうん?」
至極つまらなそうなエアーの表情。ふとした瞬間に目が不快そうに細められた。
――あの眼。
エリクは剣を強く握った。
いつもは笑っているだけのくせに、ふとした瞬間に別の色を見せる、エアーの赤紫の瞳。
普段もそう、笑っているくせに笑っていないような眼を、たまにする。
その眼を見るたび、エリクはエアーを遠くに感じるのだ。
(でも、だからって)
怖気づくな、エリクはそのたびに言い聞かす。
怖気づいたらおそらく、道が分かれる。傍にいることを躊躇う。
エリクが片手で剣を持った。剣先はエアーに向けたまま腕を前に出す。
(苦手なんだよな、あいつのあの構え)
エアーは冷静にエリクの構えを見た。
(あいつもセイト王子様に会いたいって言ってるし、お使い自体はどうでもいいんだけどなあ)
エアーが思うのは、負けたくない、ということだけ。
(正当法じゃ、あいつに敵わねーし)
思いつつも同じく片手で剣を持った。下段に構える。
「はっ!」
掛け声をあげて、エリクが前に瞬発する。エアーはエリクの剣に剣を合わせながらすれ違い気味にいなすと、エリクの背後に回った。エリクはエアーに振りかえりざまに、剣を鋭く横に薙いだ。エアーはそれを、跳んでかわす。
(ばーか)
エリクは地面に踏ん張るように足をつけている。横薙ぎに振った剣を両手で持って、剣の進行方向を変える。
(お前が跳ぶと思って足狙ったんだっての!)
エリクの狙い通り、エアーは跳んだ。宙にいる限り人は自由に動けない。
だが。
エアーは跳ぶ瞬間から身体をひねっていたのである。
エリクの剣が再びエアーを襲う。エアーはひねった身体の反動で、振り子のように足を動かした。狙いをつけて襲いかかるエリクの剣に踵をぶつけた。
衝撃音が妙に響いた。
がらん、と音がした。
エアーは着地すると悠々と、剣をエリクの首元に当てた。
「止め! 勝者、エアー・レクイズ!」
オリエックが試合の終了を宣言したところで、周りからわっと囃し立てる声が上がった。
和やかな声だ。
エリクは剣を落としたままの格好で、気に食わなそうな顔でエアーを見ている。エアーはにこにこと、上機嫌そうな笑顔。
「陽動バレバレだったぜ?」
「……ちっ」
舌打ちしてエリクは木剣を拾った。
「セイト王子に失礼なこというんじゃねーぞ」
「あ」
げ、にも似た。エアーの顔が苦々しく歪んだ。
「な、お使い係――」
「なしには、しないぞ」
笑いを含んだ声で、クォンカがエアーの傍に立った。両手を組んでにやりと笑う。クォンカに振りかえって、背が高いくせに背を丸めてびくついているさまは、はたから見て本当にみっともなかった。
「十三時半に第二小会議室だ。言うまでもないだろうが、セイト様にはお前の最大限の礼を持って接しろよ?」
「う……」
エアーの最大の弱点はクォンカだ。クォンカに向かい直って頭をかいた。
「わかったか、エアー。この隊の、ひいては剣士全体の代表だ。俺もノヴァも、お前の成果を待っててやる」
「やれるだけのことは、します」
顔を挙げてクォンカを見、一息ついてエアーは腹をくくった。
「失礼すぎない程度には」
至極真面目なエアーの表情と返答。ちぐはぐさに、隊の中の誰かが笑って、クォンカが表情を緩めたのをきっかけに訓練場の中が賑やかになった。
「おう。できることなら、失礼するなといいたいところだが、お前には無理だろうな」
眉を挙げて、クォンカ。からかいの口調。エアーは苦笑した。
クォンカがぽん、とエアーの肩を叩いた。
「まぁ、しっかりやれ。やれるだけな」
「はい。ありがとうございます」
よしと呟いてクォンカが踵を返した。周りに向かって「飯の時間だぞ」と叫びながら、ノヴァを伴って誰より先に訓練場を後にする。
クォンカの背中を見送って、エアーは肩を落とした。
(……本当、やれるだけはやります。それ以上は、自分じゃ、望まないけど)
もう一息、思わず息が漏れた瞬間、背後から蹴飛ばされて思わず声を挙げた。
蹴飛ばされた尻を押さえて振りかえれば、エアーの先輩である剣士の一人が、笑っていた。
「へまなことすんじゃねーぞ! おらっ」
続くように周りを囲まれてどつかれて、なんのことやらと思いながらエアーは軽く悲鳴を挙げた。
笑い声が訓練場に満ちていた。
エアーももみくちゃにされながらもつられて軽く笑いながら、なんだか無償に心地いい場所なんだよなあと思っていて。
できることならクォンカが退役するまではこの場所にいられたらなあと、なんとなく考えていた。
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