61.光の糸

   二人がいるウィアズ王国軍最前線に、援軍が到着したのはまさにこのすぐ後。
 先頭を駆けてやってきたのは、第二大隊四番隊隊長アンクトック・ダレム。
 アンクトックはピークを見つけると、にやりと意地悪く笑って見せ、馬を走らせる。
 とっと、馬が地面を蹴った。
「うわっ」
 ピークの頭上をアンクトックの乗った馬が跳びこす。アンクトックは槍を掲げ、手綱を操り着地した場所で一回り。
「手伝いに来たぞ、第一大隊の地上隊よ!」
 アンクトックの後方から鬨の声が上がった。第二大隊の騎士たちのものである。
 同じく少し離れた場所で、第二大隊の剣士を率いてやってきたレコルトが叫んでいる。
 ピークが迷惑そうに頭をかきながらアンクトックを見上げれば、アンクトックは素知らぬふりで眉を上げた。
「リセはどうした」
「リセなら後方で休んでます」
 不機嫌そうなピークの返答。アンクトックは鼻を鳴らした。
「ガキめ」
 からかう口調に、ピークは肩をすくめただけ。アンクトックはピークから視線を動かすと、今度は少し離れているアタラを見やった。
「アタラ! お前がウィアザンステップに来ると言ってくれたおかげで、なんとか間に合ったぞ!」
 アタラはアンクトックを一瞥した。すぐ前を向く。
「間に合ったかどうかは、敵を倒してから言え。ノヴァは?」
「さてな。フリクにいるだろう」
「そう」
 そっけなく答えたアタラの返答に、やはり面白そうにアンクトックは笑う。
 改めて前方を示して、「よし」と叫んだ。
「第二大隊騎士! 疲弊している奴らを蹴散らしたら戻って来い! 押し返してやるぞ!」
 声が返る。返った声を合図に、アンクトックも敵兵との乱戦の中へと駆け入っていく。
「滅多にないな、こんなことは」
 嬉々とした声。また別の声に、今度はピークが嘆息した。
「どいつもこいつも前に出過ぎです。なんすか、クォンカまで」
 睨みつけるように半分だけ振り返って、ピーク。クォンカ・リーエはピークに向かって悪戯に笑うと、笑顔のまま剣を振るった。矢が真っ二つになって地面に落ちると、「それ」と言った。
「雨に混じって、矢が飛んできてる。用心させろ」
「んなこたとっくにやってます。それが滅多にないことっすか? 無駄口叩かずとっとと持場に帰りなさい」
「おいおい、お前も滅多になく真面目だな。そもそも、俺の持場はとっくに最前線に巻き込まれた」
 言うが早いか、クォンカが軽く駆けてピークを追い越した。落馬した騎士に数瞬で近づくと、息の根を止めようとした剣士の息の根を、逆に止めた。
「滅多にないっていうのはな! 第二大隊の地上隊と一緒に戦うことだ!」
 愉快そうにクォンカが声を上げた。愉快そうなふりをするクォンカに、ピークは肩をすくめた。
「左の森から敵兵出てきてます。クォンカはそっちの対応に行ってください」
「制圧されたとでもいうか?」
「そこまではわかりかねます。でもこっちの状況がさらに不利にされる前に、とっとと対応に行ってください」
「あぁ、わかった」
 クォンカが苦笑。班名を上げて右の森へと指示を出すと、思いついたように立ち止まった。
「リセさんのことだが」
 ピークが振り向いたのを見つけて、クォンカが笑う。してやったりとした顔。
「お前もリセさんが好きだな」
「大きなお世話です。で、リセは?」
「あぁ、気を失いはしたが、命はなんとかなりそうらしい。リセさんの副官に、ピークに伝えてくれと言われた」
「そっすか」
「あぁ。腕は、戻りゃせんだろうが。お前のところの白魔道士は腕がいい」
「お褒めにあずかって光栄っすよ」
「おう」
 答えて、クォンカも中央から去った。
 ピークはクォンカを少しだけ見送って、再び前を見た。顔が少し和らいでいた。
 ただし、後ろから釘。
「不真面目の塊め、安心するのは早い。今度は右だ」
 ふわりと、降り立つようにアタラが前に少しだけ走った。落ち着きを取り戻したらしい魔力で魔法を紡ぎ、間隙にピークを睨んだ。
「手伝ってやる。とっとと指揮を執りな」
 はは、とピークは苦笑する。
「期待されるもんすねぇ、総司令っつーのは。もう二度とごめんです」
「ごちゃごちゃ言ってないで、戦いに集中しろって言ってる!」
「はいはい」
 軽い調子で答えて、パチンと指を鳴らした。
 声を拡張する魔法で指示を遠くまで飛ばそうとした瞬間、右の森からわっと味方が飛び出してきた。
 どうやら森から追い出されたようである。
「ま、ちょうどいいっすか」
 呟きは、あえて誰にも聞かせなかった。
  
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