58.廊下には

   ウィアズ王国、王城最上階に、彼女の部屋はあった。
 しんと静まり返った広い廊下。祈るように両手を組んでうつむく女中たち。
 まだ夜になっていないにも関わらず薄暗く、心の中にさえ闇が迫ってくるよう。
 ウィク・ウィアズは閉じられている扉をじっと見つめていた。
 今部屋の中には二人だけがいる。
 部屋の主である王妃と、ウィアズ王国軍第一魔道士隊長アタラ・メイクル。アタラがくると王妃はすぐに他の人間の退出を命じた。
 ウィクに王妃は、苦しんだ様子を見せなかった。苦しいだろうに、優しく微笑むだけ。
 しばらくして、扉が音もなく開かれた。
 開かれた扉に視線が集まり、現われたアタラは一度集まっていた人々を見渡し、無言のまま少しだけ目を伏せた。
 アタラの行動に皆が状態を知る。
 医士すら同席を許されていなかったが故、主治医は矢のように部屋の中に跳びいる。女中たちは声を上げて泣き、支え合う。
 アタラはその嘆きの中からウィクを見つけ出すと、ゆっくりと歩き出した。
 赤紫の髪、幼い顔、赤紫のローブ。当代一の魔力持つ魔道士だと呼ばれている彼女は、ウィク・ウィアズの前で膝をついた。
 ウィクは、泣いてはいなかった。泣くまいとしているのか眼は開いたまま、目の前に膝をついたアタラを見つめる。
「ウィク様」
 思いもよらず、優しい声だった。噂やいつもの彼女の姿を見ていたウィクには、意外の念が強い。
「王妃様から、お預かりしたものがございます」
 言うと、アタラは手の平を差し出した。
 差し出された手の平に乗っていたのはいつのものか、古ぼけた一枚の紙切れ。
 ウィクはアタラから紙きれを受け取ると、アタラの顔を見た。アタラは無理に、笑っていた。ウィクも無理に微笑んで頷いて見せる。
「うん。ありがとう」
「はい。ウィク様。私はずっとお傍にいます。どうか、気を強くお持ちください」
「うん。平気……ではないけれど、平気さ。ありがとう、アタラ。僕だって、」
 ウィクは紙を握りしめた。
 無理やり、本当に無理やりに微笑んで、アタラの顔を見る。
「強く生きようと思って生きている。母さんとも約束したんだ、強く生きるよ、アタラ。将来、セイトを支えられる人間になるんだ」
「それはいいことですね」
 今度こそアタラは笑って、すっくと立ち上がった。ウィクに対して一礼をすると、軽く離れて膝をぽんぽん、とはたいた。
「私はこれで失礼させていただきます。ウィアザンステップに敵が迫っておりますから」
「うん。どうか、皆を護ってくれるね」
「はい」
 アタラはもう一度ぺこりと礼をして、颯爽と歩きだした。
 ウィクは背中でアタラを見送って、少しした後にふとして顔を上げた。
「アタラ、母さんは他に何か――」
 だが、振り返った先にアタラの姿はない。嘆きを背景に、寂しそうな廊下が広がっているだけだ。
 ウィクはその廊下になぜか、自分の姿を見た。
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