56.システム

   両軍がぶつかったのは、睨みあってすぐだった。一言二言、魔法での会話はあったにせよ、形式にすぎなかった。お互い、戦いを辞めるつもりはない。
 両軍、隊列を乱さずにいくらか近づいた後、鬨の声を上げて同時に動き出した。
 ウィアズ軍の騎士たちが凸型にマウェート軍へ、マウェート軍も同じく凸型でぶつかる。
 ウィアズ軍の凸型の先頭はリセ・アントアと、ピーク・レーグンだった。
 二人の乗馬技術はずば抜けていて、自然凸型になってしまった、というべきなのだろうか。ピークが遠慮なく馬を先に進めるので、リセも仕方なしに隣に並んで、こういう形になる。リセは決して仲間を見捨てない男だ。
 ちなみに平原の剣士たちの隊列は帯状。乱れることなく間に弓士を連れて前に進んでいる。
 先頭、ピークがけらけらと笑った。敵兵が目前に迫ったところで片手を上げて、ぱちんと音を鳴らす。するとピークが掲げた片手の上に円盤状の雷の塊が具現される。
「そいじゃ一発、」
「ピークっ!」
「デンフォア! ってことで、はいはい。リセさんなんです?」
 遊びのように唱えながら作り上げた円盤状の雷の塊を前に放り投げる。放り投げた先で円盤は巨大化して不規則に敵の中を動き周り、敵の列を乱していく。
 リセは槍を構えつつピークに叫んだ。
「だからお前をいい加減後方部隊に押し込めたかったんだ!」
 ピークが実に愉快そうに笑った。勢いよく襲いかかる騎士たちの攻撃を、巧みに馬を操り身をかわしながら、呪文を一言も使わずに魔法で撃退している。リセはその横でやはり巧みに馬を操りながら、槍を振るう。様は彼の大人しそうな雰囲気、細い姿からは想像できないほど鋭い。
「はいはい。それじゃ、怪我でもしたら考えます。ってことで、こんなのどうっすかね?」
 ぱちん、と音を鳴らした。指の先に雷の塊が出現する。
 どうやら呪文はわざと声に出しているようだ、遊んでいるかのような口調。
「ルイ・リーク!」
 雷の塊の形が無数の棒状に変化する。もう一度ピークが指を鳴らすと、現われた棒は敵軍へと一直線に向かった。
「ってことで次は――」
 まったく、とリセが隣で呟いた。
「ピーク、また数年、歳をとならくなっても知らないぞ?」
「うっわ、リセさん、こんな状態でも魔道士馬鹿にすんの辞めないんすね!」
「馬鹿にしているのは魔道士じゃない、ピークのことだ」
「確かに! アタラとか馬鹿にしたら怖そうっすもんねぇ」
「笑える返答か?」
 答えて、リセが失笑した。
 舌を噛みそうな状況なくせに、二人はいつもこうやって会話する。リセは副官によく呆れられるのだけれど、ピークの副官はすでに諦めているらしかった。
「ってことで改めて、次は――」
 ふと、ピークは違和感がして隣を見た。――リセの姿が傍にない。
 何故だと、すぐに周りを見渡して、少し後方にリセの姿を見つけた。
 リセは一人の騎士とすれ違い気味に槍を交わしていて、避けきれなかった槍がリセの腕を貫いて落とした。
「――っ!」
 だがリセは怯まない。片腕で持った槍を、やはり鋭く相手の胸に突き刺した。
 ――だが。
「覚悟!」
 第一大隊総司令リセ・アントアの名を知らぬ人間は少ない。長く第一大隊の総司令を務めてきた男だ。“英雄指揮官”と楽しげに呼ばれるほどに関わるに気易い。
 誰もがリセの名を呼んだ。普段の時も、戦いの時でも。故にリセが誰かは、誰もが知っていた。
「リセ!」
 敵を倒して体勢を微かに崩した直後のリセに、もう一人の騎士が襲い掛かる。リセは声に敵を見つけていれど、すぐに相手をできる状態になかった。
 ピークはとっさに、集めていた魔力を一つの棒状に変化させた。無呪文で鋭く、意識を飛ばして作り上げた雷の棒をリセに襲いかかる騎士に飛ばす。先ほどのルイ・リークの単数形式の魔法である。雷の棒は騎士を貫き、そのまま真直ぐしばらくを飛んだ。ピークがかき消す作業を忘れたせいである。
 ピークはすぐに手綱を操って馬面を返す。この縦横無尽に馬が行き交う場所ではリセにたどり着くまでいくつの味方と、敵と、すれ違いぶつかるか知れなかったけれど。
 現に今も、敵兵が一人ピークに襲いかかろうとしていたところだ。けれどその敵は後から来たウィアズの騎士の不意打ちを受けて倒れた。
 リセの周りにウィアズ軍の騎士がばらばらと集まった。集まった中央で、リセが傷を押さえて馬上からゆらりと転がり落ちる。
(早く)
 ピークは馬から飛び降りながら、指を鳴らした。瞬間に移動する――刹那の間にピークはリセの隣に降り立った。
 リセは失った腕を抑え、歯を食いしばりながら地面から這い上がろうとしている。立ち上がって、何かをなさんと。ピークはリセの前で立ち膝をついた。
「リセ、今とりあえずの止血を」
「ピーク?」
 リセが顔を上げた。ピークの顔を見た瞬間、リセは再び地面に転がりこむ。
「リセ!」
 リセの手がピークの肩を掴んだ。
「ここからの指揮、」
 ピークは自分のローブを引き裂くとリセの傷口をきつく縛る。リセが顔を上げて、ピークを見上げた。
 リセは肩を掴んでいる手に力を込め、少しだけ体を持ち上げて、声は涼やかに。
「お前に任せる。お前がやるんだ」
 ピークは言葉を、返せなかった。
 リセの腕はどれだけ痛いだろう、この言葉を告げるリセの胸は、どれだけ痛んでいるのか。
 すぐに『分かった』と言えない、自分の心は。
「第一大隊はお前の指揮を待ってる、総司令補。俺を、見捨てるんだ、今、すぐに」
 お互い、ただの親友として生きているのなら、もっと別の道があった。けれど人間としての関わりだけではない、役職としての関わりも長く続けてきた。二つがあいまって、今の二人の関わりは完成している。
「ふざけるな!」
 ピークは地面に座り込んだ状態、リセと視線が近い状態で、リセの肩を掴んで怒鳴る。
「俺はリセ・アントアがいなきゃここにいねぇよ! 他の誰を見捨てても、リセ・アントアだけは見捨てるか!」
 リセが苦笑した。ピークは撥が悪そうに顔をそむけて、すっくと立ち上がった。
 二人の周りにはリセを護らんと集まった騎士が数名。ピークは周りの人間を見やって、いつもの笑いを浮かべずに叫んだ。
「リセを運んでくれ! あとの指揮は俺が執る!」
『嵐がきそうっすねぇ、リセさん』
 始まる直前、気楽に言った自分の言葉。
 空を見上げれば曇天と、天騎士たちの群れ。
 ぽつ、ぽつ、と雨が顔に当たった。
 本当に嵐がきそうだ。
 むしろ天候すらも襲いかかればいいなとピークは思うのだ。前線を押し上げるべく戦う騎士たちの間を歩きながら、魔法を紡ぎながら。
 剣士たちの少数が追い付いてきた。地上を自らの足で進む人間は、ピークだけではなくなった。
 ぱらぱらと、小雨。人々に降り注ぐ。
「戦いを終結させる意思はここにあるぞ!」
 ふと、男の声が叫んだ。――デリク・マウェートのものであろうことは、敵軍の反応を見ればわかる。
「黙れ!」
 その言いようではまるで、ウィアズがこの戦いを終わらせる気がないかのようだ。叫ぶのと同時、ピークは上空に光を放った。周りが目を閉じるほどに強烈な光。
「終結させる魔道士は――平和を開始させる魔道士はウィアズにいる!」
 託されれば、すぐに荷を下ろす手段はない。
 それがシステム。このウィアズ王国軍の。
 託す人間の、希望故に。
  
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