55.迷わず進む、()の為に

   リセたちのはるか後方、大隊の中腹に当たる場所で誰より大声で笑っているのはクォンカだ。――曰く、これが聞きたいからリセと一緒の大隊を志望している、とか。だがそもそも地上隊の編成、それも剣士と騎士の繋がりはあまりずれることがないのだけれど。
 軽い食事のあと、剣士たちは騎士たちよりも先に、徒歩でウィアザンステップに向かっていた。近場故の徒歩、なのだが歓迎している人間も少なくない。馬に乗るのが苦手な人間が多いのだ。
 筆頭はオリエック・ネオンだ。クォンカの副官である。
「クォンカさん」
 とっと軽く駆けてクォンカの隣に並んでオリエック。クォンカは眉をあげてオリエックを見やった。
「おう」
「フリクでは天騎士たちの決着がついたそうです。王国軍が混ざった我々の勝ちです」
「よし。まあ、本題はこっちなんだがな」
 クォンカは前を眺めた。平原の向こう側に群れる天騎士たち。自分たちの頭上を行く天騎士たちよりもはるかに多い数が見える。さすがは天騎士と魔道士を誇るマウェートの軍である。それも率いているのは天馬騎士セフィ・ガータージ。隣にはおそらく、竜騎士となったマウェート国王が一子、デリク。数が多いのも頷けるというもの。
「あっちの地上はなんとかなるだろう。あいつが失敗さえしなけりゃ、だが。こっちの天空は――カタンがどこまでやれる人間か、だな」
「ここで頼りますか、あの黒い竜騎士に」
「おう、それもあいつは現在唯一の最高等兵士だ。やれないわけがないと信じてるんだがな」
 オリエックが白々しく声をたてて笑った。クォンカが肩をすくめて見せて、オリエックが頷く。
「それと、エアーのことですが」
 クォンカが眉をあげる。オリエックは白々しい笑顔のまま。
「フリクの地上隊の、臨時の指揮官になったそうです。ノヴァさんが倒れたらしいので」
「やっぱりな。あいつめ」
 クォンカが苦笑した。
「故郷馬鹿の奴たちは放っておけ。なんとかなるだろう」
「えぇ、なんとかなりそうだって報告の魔道士が興奮してましたよ。アタラ高等兵士も……もしかしたらピークさんも一枚噛んでるみたいです」
「ならますますだ。こっちに増援にくる人間の指揮も問題にしなくていいだろう。問題は――そうだな、問題は」
 クォンカは前を見たままだ。オリエックは横からクォンカの表情を見て、やはり白々しい笑顔のまま無言でうなずく。
 頷いて、オリエックも前を見た。
 ウィアザンステップの向こう側から敵が押し寄せてくる。気を強く持っていなければ恐怖を覚える光景だ。相手から見て、自分たちの軍勢はどのように映っているだろう。
 おそらく、自分たちよりはましだ。おそらく。
「クォンカさん」
「おう」
 クォンカが片手をあげてオリエックの肩を叩いた。
「任せたぞ」
「はい」
 オリエックの笑みに少しだけ変化がある。振り向いたクォンカに視線を向けて、軽くぺこりとお辞儀をした。
「それじゃ、心配するだけ無駄だとは思いますが、クォンカさんもくれぐれも気をつけて」
「おう、オリエック。それはお前にも言えたことだ」
 クォンカがにっかりと悪戯に笑った。
「三番隊! 分かれるぞ!」
 クォンカが片手をあげて直進する。オリエックが左側へ、クォンカの近くに居た班長の一人が右側へと進路を取ると、隊が徐々に三つに分かれていく。


 三番隊が三つに分かれるのを後方から見守って、ホンティアはうっすらと笑った。隣にはカラン。
「それじゃ、俺もそろそろ。ホンティアさん」
「そうね」
 にっこりと、ホンティア。えくぼに指をあてて猫を被って笑う。
「あんまりおいたしちゃだめよ?」
「……」
 カランは嘆息を、こらえた。そっくりそのまま台詞を言い返したい、けれど言えない。なぜならホンティアの言葉には、いろいろと理由があることをなんとなしに感じていたから。
 すい、とホンティアから目を離して右側を向きながら、カラン。
「デリクさん、俺が殺しますよ。あの人カタンに似てて、腹が立ちますから」
 くすりと、ホンティアが笑った。
「好きになさい。でも隊をおろそかにしたらあとで私がぶん殴ってあげるから。容赦なくね」
「分かってます。それに今回は、今年見習から上がった下級兵士の初めての戦いでもありますし」
「よろしい、それでこそ私が見込んだ副官だわ」
「どうもありがとうございます」
「あんまり嬉しそうじゃないわね」
 ホンティアの苦笑。カランはホンティアの顔を一瞥して、額の布を軽く上げた。カランの仕草に、ホンティアがもう一度笑う。
「カラン」
「はい」
「あなたの癖、治らないのね」
「癖?」
「えぇ。気がついてないのかしら?」
「? はい」
 きょとんと答えたカランの様子に、ホンティアが失笑する。自分のものよりも高いカランの頭をぽんぽんと、軽く撫でて満足そうにニッコリと、猫を被ったような笑顔を浮かべる。
「本当、図体と能力ばっかり大きくなって。まだまだ私の可愛い弟分、ってところかしら?」
「ホンティアさん」
 撫でられてカランは抵抗しなかったが、確かに不服そうだ。ホンティアはころころと笑うと笑顔のまま軽くカランに手を振って左側に体を向けた。
「私の弟分を抜け出したかったら、せいぜい名を上げて来なさい。できるかしら?」
「―――っ」
 上機嫌に早足で左側へと別れていくホンティアの背中を少し睨みつけて見送って、カランも素早く踵を返す。右側へと。
 三番隊の最後尾に続くように右側へと別れながら、カランはマウェート軍の上空、天空隊の姿を見た。
 数年前に出会ったマウェートの王子が、あの群れの中にいるらしい。
 嫌いではなかった。けれど自分たちは確かに敵同士なのだ。
(お前もこの中にいるのか? ――ニック)
 胸中で呟いた言葉が弱音に思えて、カランはかぶりを振った。
 敵も同じ人間だと知ったあの寒い冬。
 けれど、揺るがないと誓っていたあの夏、あの日。
(俺はお前がいても、進む。迷わない。いつか、最高等兵士(スナイパー)の称号を戴くためにも)
 獲て。
 そう、得て。
 始まろう、夢を。
 すべてに対する言い訳で終わらせない。
 夢は実現するためにあって、実現することができなければ夢ではない、ただの妄想だ。
(“必ず”)
 どんなに時間が経とうとも、必ず。
(実現させる)
 カランは目線を上げて前を睨み据えた。迷いない、鋭い瞳で。
 ――未来を。
  
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