54.嵐の前の静けさ

   カタン・ガータージ・デリクはフリクでの天空隊の後処理を全て副官に任せて、ウィアザンステップへの道を急いでいた。
 愛竜メリュオアの背中につかまり鋭い風に目を細めながら、肉親であり最初の敵だったセフィ・ガータージの姿を思い浮かべていた。
『敵を前に尻込みする臆病者の烙印を押されたくなければ、自分の前に現れなさいとのことです。――正直、我々も厳しい。敵は倍に達するかほどの数です。どうか、最高等兵士であるカタンさんの力を貸してください。我々を……第一大隊の天空隊をお助けください!』
 第一大隊の傷だらけの竜騎士が懇願した、援軍をと。
 けれど自分たちも敵と戦った後、戦えない人間も多い。ただの援軍要請なら、もう少し時間を置いてからでもと思った。
「セフィ……!」
 セフィ・ガータージ。
 喧嘩別れの姉の姿。
 今でも反発を覚える。あの勝気で挑戦的な目。罵る声。
 父を尊敬する自分を、馬鹿だと言った、あの、睨む顔。
(俺は間違ってなどいない! 父は勇敢な戦士だった、尊敬できる竜騎士だ!)
 別れ道は簡単で。
(俺が間違っていない証拠に、俺は今、この国で最高等兵士になった! あなたと、敵として肩を並べられるほどに)
 拗れてしまえば戻る道がない。
 彼女の招きでなければ、体力を減らしてまで急ぎなどしない。援軍になる状態にない状態で援軍を編成しようとしない。
「カタン」
 少し後方から、サリア・フィティ。
 サリアも自分の副官にフリクの後始末を任せてカタンを追っている。
「カタンッ!」
 サリアの声に、カタンは少し振り向いて、少し、笑った。
「急ごう、サリア。第一大隊の皆を見捨ててはいけない」
 サリアは肩をすくめて嘆息する。
「わかった。でも、皆が追いつける速度にしてね。速過ぎて皆ついてこれないじゃない」
「……あぁ」
 言われてカタンは後方を見て苦笑する。
 後方に天騎士たちの群れ。だいぶ離れてしまっていた。
 けれど。
「サリア。みんなを率いてきてくれるな。俺は一足先に行く」
 カタンの真直ぐな瞳。
 思いつめていると思えど、サリアはもう一つ嘆息を返した。
「わかった。けど、」
 サリアの返答を聞くか聞かないか。カタンはさらに速度を上げて颯爽と先を行く。
 サリアは少しだけ速度を落として他の天騎士たちを待ちながら、目を細めてカタンの後ろ姿を見た。
(きっと、間違えないでね)
 大切なものを見失わないで。
 願いを込めて後ろ姿を見つめる。
(フリクの皆の気持ちが少しでもわかるなら、どうか、カタン。間違えないで)
 サリアの気持ちを察するように愛馬が鳴いた。
 フリクの海上は風が強くて、もう雨も降ってきている。風向きからして風も雨も自分たちを追ってくるだろう。
 嵐がそろそろ、訪れるかも。


■□■□


「あぁ、嵐がきそうっすねぇ、リセさん」
 ウィアザンステップ、ウィアズ王国軍先頭で馬を歩かせているのは第一大隊の総司令と、総司令補。総司令補ピーク・レーグンが空を見上げて呟いた。
 隣に並んでいるのはウィアズ王国第一大隊総司令リセ・アントア。
「そうだな」
 答えて、失笑。白い肌が多いウィアズ王国の中でも色白だと称されよう、白い肌に淡い金髪。ウィアズ王国で唯一雪が降ると言われているベリュ出身、ベリュ領主のラグザード・アントアの実弟である。
 とはいえ、王国軍に入った理由は兄弟喧嘩だったこの男。痩身で穏やかそうな雰囲気とは対して、仲直りするまでベリュに帰らなかったという徹底ぶりだ。仲直りするころには、リセは高等兵士になって久しかった。
「それはそうとピーク。今回も前線にいるつもりか?」
 軽く馬を走らせながら、リセが馬上で苦笑を浮かべた、騎士たちの先頭。ピークはへらへらと笑っている。
「それは言わずもがな、ってやつっすよ」
 やはりへらへらと笑いながら、ピーク。出身はリセと同じくベリュ。リセとは幼馴染。魔道士隊長である。歳はリセの一つ下、四二になるが、見た目は二十歳に足るか足らないかほどに若い。
 リセがふうとため息をつく。
「そのうち普通に隊を率いる方法を忘れるぞ」
「そりゃうちの副官がわかってりゃ何とかなりますって。それより俺はリセの隣にいる方が有益な気がするんすよねぇ」
 やはりへらへらと、声をたてて笑う。リセが肩をすくめた。――諦めた。
「まったく。お前はいつも本当に緊張感がない。必ず勝てるって、いつも分かっているわけじゃないのにな」
「リセがいりゃ勝ちますよ」
「どんな理由なんだか」
 リセが失笑して、前を見た。
 二人の前に広がるのは壮大な平原。その名もウィアズの平原(ウィアザンステップ)
「とはいえ、勝たなきゃな。この平原の後ろに、俺たちの逃げ場はない。この平原で俺たちが倒れたら、国は総崩れだ。そうさせないためにも、俺たちは勝たなければならない」
 告げるリセの口調は静か。リセの顔を見やって、ピークが微笑を湛えた。
「何より、みんなを生かして帰りたいよ。俺たちの帰る場所に。心自由なまま」
 ピークが失笑した。
「そっすね。帰りましょう」
「あぁ、勝って、帰ろう」
 ――不意に。
 自然と二人の背後から歓声が上がった。馬上で槍を掲げて叫ぶ騎士たち、笑い声。
 二人一緒に振り返って、それからリセがピークを見た。ピークはリセの視線を受けるとにっかりと笑う。至極楽しそうに。
「……ピーク。またか?」
「はい。リセさんのお言葉、みなさんにも聞かせてやりました」
「またか……!」
 リセが頭を抱えた。横で至極楽しそうにピークが声を上げて笑う。
「カタンを英雄に仕立ててるのがクォンカなら、俺を英雄に仕立てたのはお前だな! 俺は“英雄指揮官”だなんて呼ばれる器じゃないっていうのに!」
「いや、俺が仕立ててるわけじゃないっしょ。リセが勝手になってるんです。そういう器なだけっすよ」
「ピーク!」
 リセの怒鳴り声にピークはやはり楽しげに笑う。実はいつもの――先頭を行く二人の姿を知る人間ならいつもの光景だ。
 リセに思惑があるわけではない。故にこそリセの言葉に共感して歓声を上げるのだろう。
 遠くの場所にいると思える存在が自分の想いを口にしてくれる。同じ思いを持っていることを知る。
 それは、とてもありがたいことだった。
  
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