45.故郷

  「止まれ! その胸印はウィアズ王国のものと見える!」
 王国軍本隊から先駆け、ノヴァ、アタラ、エアーの三人はフリクに先行していた。フリク手前で旋回していた竜騎士が追ってきていた。城壁の見張りが叫び、竜騎士が追うのは、故郷に帰ってきた気がしない。
 まるで盗賊か何かでも来たかのような対応だなと、エアーは馬上で思った。
 ノヴァは見張りの注意など無視して、変わらず速いスピードで馬を走らせている。ちなみにアタラはそのノヴァの馬に乗せてもらっている。気丈にしてはいるけれど、確かに怖がっているのは分かった。ノヴァに捕まる手に力がこもっている。
「城門は強行突破、するけど」
 並ぶエアーに聞こえるようにノヴァが。エアーは前を見たたまま、にやりと笑った。
「いや、正式に入れてもらいましょうよ」
「――あぁ」
 エアーと同じ方向を見て、ノヴァが微かに笑った。
「そうしよう」
 言うと、城門前まで、馬をゆっくりと止まらせる。馬が立ち止まると、城門のあたりの見張りが数名、三人に群がってきた。
 それぞれ得物を三人に向けて威嚇の姿勢を取る。
 三人は馬上のまま。ノヴァが馬を少し撫でて落ち着かせて、平生と告げる。
「故郷に帰ってきて、剣を向けられるなんて」
 エアーは必死に笑いをこらえた。――分かっていて立ち止まったくせに、と思う。笑いそうになったら、傍にいた見張りの人間が睨みつけていた。
「何を笑っている。ウィアズ王国軍の人間が、我々を愚かだと笑いに来たのか」
「なんて奴らだ、あいつらにも教えてきてやろうって?」
 わざと声を張り上げてエアーがからかうような口調で続けた。――と思ったら、今度はノヴァが睨みつけてきた。見張りの人間に睨みつけられるより数倍怖い。
「エアー」
「う……はぁい。すみません」
 エアーが馬上でしゅんとした瞬間である。
「お兄ちゃん!」
 甲高い声で叫ぶ声が城門の中から聞こえてくる。それぞれが声の方向を見やれば、城門には幼女の姿。赤い瞳をくりくりさせて、あふれんばかりの笑顔。
「兄ちゃん!」
 無邪気に笑う、彼女の名はテイル・レクイズ。歳はかなり離れているが、エアー・レクイズの血のつながった妹である。
「あれ、義勇団の団長の……」
 微かに、ぼそぼそと話し合う声。エアーは聞いていたが関係なく、馬から飛び降りた。
 ちなみに三人が得物を向けられても平生としているのは、襲いかかられても返り討ちにできる確信があったからだ。
 エアーが馬から降りると、テイルがぱたぱたと走ってきた。後ろにいたらしい大人の姿が慌てていたけれど、顔をあげるとすぐに追うのを辞めた。
 混乱する見張りの人間たちを抜けて、しゃがんでテイルを迎えて、抱きついてきたテイルをひょいと抱きかかえる。テイルがわあいと声を上げるのに、エアーも思わず笑ってしまった。――安心してしまった。
 思わず少し力を込めてテイルを抱いていると、城門の中で様子をうかがっていた男がひょっこりと姿を現した。三人にも見覚えある、近所の青年だ。
「あ、あのー……テイル、返してくんないかなぁ、エアー……?」
「は?」
「ウクライさんに頼まれてんだよ」
 テイルを抱く位置を変えて、自分の肩の位置までテイルを抱き上げる。テイルはエアーの頭を掴んで――落ち着いたようだ。
 どう、返答しようか。エアーは少し思案した。
「なら心配ない、これからウクライさんのところに行くところだ」
 助け船を出したのは、ノヴァ。平生と告げて馬から降りる。アタラも馬上から降ろすと、軽く周りを見渡した。
「歓迎を受けたから足止めを食らってた」
「そりゃ! ノヴァ兄さん、今の状況考えたら、通せないってのわかっててきたんだろう?」
「故郷に入れない道理があるか?」
「あ、だ、だからそういうこと、じゃなくて」
「ノヴァ、はっきり言ってやればいいだろう。場合によっては敵対するかもしれないけど、大抵の場合では一緒に戦うだろうって」
 ――ちなみに、エアーはノヴァとアタラが何を言っても驚くな、否定するな、と言われている。アタラとノヴァから目を逸らしてフリクを護る城壁を見た。
「本当か?」
 喜びに満ちた声。青年が駆け寄って見張りの人々を払いのけた。
「ならこっちだ。義勇団の皆が集まってる。やあ、二人がいれば百人力だよ!」
 ほら、エアーも、とおまけ程度に呼ばれてエアーは苦笑した。青年が先導して城門の中へと入る最中、ちらりと見張りの人間を見た。
 見覚えのない顔だらけ。何事か話しあうと、すぐに持場に戻って行った。
 ――何かおかしいな、とエアーですらも感じ得た。
 いつもは賑やかな港町フリク。
 静かな通りが海まで続いていた。


 義勇団の面々は港にいた。
 船は泊まっていたけれど、動いている気配はない。おそらく、フリクを訪れた人々のもこの状況に戸惑っていることだろう。
 遠くから義勇団がいる場所を眺め、自然とエアーの足は止まった。
 肩に座るテイルが不思議そうにエアーの顔を覗き込む。
「どうしたの? お兄ちゃん。お父さんきっとあそこだよ?」
「そうだな」
 無理に笑ってテイルを見る。エアーの顔に元気はない。
 正直、怖かったから。
「テイル、そろそろうちに帰れ?」
「お兄ちゃんも一緒じゃないの?」
「お兄ちゃんはもうちょっと外で用事があるから」
 テイルをゆっくりと地面に下ろす。テイルは不服そうだが、「はーい」と答えた。
「おうちで待ってるね」
「いい子で待ってろよ?」
 ぽん、とテイルの頭をなでた。テイルはすぐに笑顔になる。
「ってことで、よろしくです」
「え? お前も行くの?」
「もちろん」
「お前行っても足手まといじゃねーのかー?」
「ははっ、失礼被るぜ」
 苦笑を浮かべてエアー。ぽりぽりと頭をかいたけれど、昔のイメージのままだったなら、確かに足手まといだな、と思う。
「気にするな」
 と言ったのは、ノヴァだった。
 案内してくれた青年が虚を突かれた表情でノヴァを見る。ノヴァは微かに、ニコリと笑って見せた。
「クォンカが手放したがらなかった。実力は折り紙つきだ」
 ――なけなしの勇気を。
 エアーはノヴァを見て、こそばゆいような気持ちになった。ふいと視線を逸らして頭をかいた手を止める。
「行きましょう、ノヴァさん、アタラ」
 奮い立たせて、ありがとうといつか言いたい。
 今はただ、願いをかなえるために、自分はゆく。
 テイルを青年に任せて、三人、並んで義勇団の集まる場所に進む。――と、自然、円になっていた義勇団の一角が開いて、三人を誘うように半円になった。
 一番の奥には、団長ウクライ。
「何の用だ?」
 低い、不機嫌そうな短い問い。
 ノヴァはひるまず進むとウクライの前、円の中央辺りでひざまづいた。
「第二大隊五番隊長ノヴァ・イティンクス。話をしに参りました」
 所属を述べた、理由を知らぬものはここにいない。
「話ならさんざんしてきたはずだろう。これ以上何を話す?」
「俺とは話をしていないはずです」
 ノヴァが顔をあげてウクライをまっすぐに見た。ウクライはノヴァの表情を見て、微かに微笑んだ。
「なら、言ってみろ、ノヴァ。お前は今までの奴らと何が違う?」
「俺は、フリクの民です」
「それで?」
「王国軍の一員でもあります」
「そうだな」
「あなた方の要求である王国軍の解体は、のむことはできません」
 強い口調でノヴァが断言する。ウクライはノヴァと睨みあって少し、微かに口の端を上げた。
「そうだな」
「『そうだな』ではない!」
 そうだそうだ、と立ち上がったのが数名。他は黙して座っている。
「今までと同じではないか! 何が違う? 言ってみろ!」
 騒がしいのは数人のみ。他は冷たい目で騒ぐ数名を見ていた。
 エアーはノヴァに習いひざまづいて顔を伏せながら、様子を覗き見る。
「故郷を失うのは辛いな」
 溜息交じりのウクライの声。
「王国軍は、俺たちの第二の故郷だ」
 言葉に、騒いでいた数名が言葉を辞めた。――威圧された、のだろうか。息をのんだ。
「だが、それと分かっていて我々が解体を要求する理由がわかるか?」
 返答は沈黙。ウクライが諭すように続ける。
「家族とともに生きたいからだ」
(俺と……一緒?)
 エアーは顔を伏せたまま、ウクライの声に集中する。
「国のために戦うのはいい。だが、生きるも死ぬも個人。家族は蚊帳の外では、悲しすぎる。せめて死にに行く以外の時は、共に生きさせてくれ」
 エアーは耳に神経を集中させながら、無意識に両手をに力を込めていた。いつの間にか目は開いたまま、閉じようとしていない。
「それでも敵とは戦える。それを証明するために俺たちは立ちあがったんだ。わかるだろう? それに、王国軍という存在がなくなれば、マウェートも停戦を受け入れるかもしれない」
(違う)
 両手が、握られた。
(違う! 俺と一緒じゃない、俺は死にに行くために戦ってるわけじゃない。俺がここに来た理由は、“生かしたい”からだ)
 エアーがゆっくりと顔を上げた。恐る恐る、というようにも見えた。ウクライの目線はノヴァに注がれたまま。
「最初は苦しいだろうが、」
「違う!」
  
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