40.別レハ始動ノ予兆

   同じ頃、高等兵士寮の一室で、二人の剣士がほぼ同時に欠伸をした。高等兵士たちは二人部屋で、対になるようにベッドと机がある。そのベッドの上でノヴァ・イティンクスが、机の前の椅子では書類を整理していたクォンカ・リーエが。
 それぞれ欠伸をしてからお互いの顔を見やった。
「クォンカ、何でそんなに書類があるんだ?」
「昼間は遊んだからだ。普段ならこれくらい、朝か昼のうちにやってる」
「そうだな。試合で遊んでたんだろう」
「おう、親睦会も含めて、だな。まぁ俺以外には親睦会には思えないかもしれないがな」
「そうだなあ」
 ブーツを脱ぎながらくすりとノヴァが笑った。眼は少し眠そうだ。
「あぁ……そういえば、エアー帰ってきたんだった」
 クォンカはちらりとノヴァを見やって「そうだ」と、少しだけ笑顔を作る。
「お前が忘れてやるな」
「クォンカが忘れてなきゃ問題はない」
「おう、俺が忘れるか」
「ならいいや」
 ブーツを脱ぎ終えたノヴァがパタリとベッドに倒れた。
「そういえば、エアーの家名はレクイズだっけ?」
 クォンカは改めてノヴァを見た。ノヴァはベッドの上で寝がえりをうってうつぶせの状態になる。
「そうだな……ノヴァ。一応聞いておくが、レクイズの家名はあいつの家の他にないのか?」
「俺は知らない」
「……そうだな」
 クォンカは大きく嘆息し、苦笑する。
「お前のところは平気か?」
「何が?」
 顔だけクォンカを見て、ノヴァ。頬杖をついた。
「情報の漏れは防げてるのか?」
「あぁ、それなら。いつものことだ」
 言って、微かに笑みを浮かべる。
「俺は、言うことないから」
「……そう、だったな」
 クォンカは肩から力を抜いた。寝ぼけたノヴァを相手するのは、どうも調子が狂うのだ。
 しかも中途半端に目が覚めてもいるらしい。頭が痛くなるような情報を、寝ぼけたふりをしながら伝えてきた。
 ――フリク義勇団。
 自衛を目的に作られた、元王国軍人が中心となった組織。団長の名はウクライ・レクイズ。
 もちろん団員達は義勇団に所属していても、自身の生活を営んでいる。普段は片手間に、程度の自衛組織。有事の際は何をおいても義勇団として、戦士として立つ。それだけが入団条件だった。
 港町フリク。
 他国にも知られた富んだ街だ。貿易が中心、何より王都に近いため、海路でウィアズに、によく利用される街なのだ。
 そのフリクで反乱を煽る異端子を見つけることの困難さ。
 港で働く団員も多い。ウクライもそうだ。不特定に人と接する。その中から異端子を特定することなどできない。ウィアズが誇る諜報員たちの勘に任せるしかない。
「さてと」
 クォンカは大きく息を吐き出してもう一度書類に向かった。
 クォンカとて今回の内乱の兆しに何もしないでいるわけではない。表向き手を出してはいないが、内々で情報は集めてある。
 しかしクォンカが先に処理すべきはすぐに迫った出兵。勝利し、帰ってくることだ。
(まぁ、団長がエアーの家族だとしても、これからの行動はエアーの判断に任せよう。それくらいの判断ならできるだろう)
 クォンカは羽根ペンをとった。流れるように文字を書きながら、ふと、誰かの歌声が聞こえた気がして窓の外を見た。
 月夜に沁み入るような、静かな歌。
「これは……」
 クォンカが呟いて、ベッドに横になっているノヴァが眉を上げた。
「どうした?」
 クォンカはノヴァを見て、すぐに窓の外を見た。
 窓の向こう側で歌う人物が、窓から見えるわけではない。けれどその姿が見える気がした。
 クォンカは微かに目を細め、視線を落とした。
「いや、」
 言って、クォンカはノヴァを見て、苦笑してみせる。
「今日は、やけに静かな夜だと思ってな」
 ノヴァは失笑すると、「そうだな」と。
 歌は続く。もう少しだけ。
 友を送り出す、送別歌が。



 エアー・レクイズは友に、別れを告げたのだ。


□□□□


「おいエアー! 見たかよ!」
「何を?」
 港町フリクが叛旗を掲げたという報が高等兵士以外の兵士たちにもたらされたのは、エアー帰隊の翌々年。エアーはいつも通り他の人間よりも少し早く訓練場についていて、いつも通り充分すぎるほどの柔軟をして、軽い運動をしていたところだ。
 ウィアズ王国歴六八年。夏の残り香ある、秋の始まり。
 エリク・フェイが報の紙を掲げて叫ぶ。
「お前の故郷の、フリクが! 叛旗を掲げたんだ!」
 エアー・レクイズは岐路を目の前にするのである。
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