37.君ニ会イニ

   オリエックは戦う二人を横にして最前列で座っているクォンカに歩み寄る。
「クォンカさん」
「なんだ?」
 クォンカはじっと二人の戦う姿を見つめたまま。オリエックは嘆息すると、半分だけ振り返って同じように二人を見やる。
「最初からエリクの口から言わせるつもりでしたね」
 クォンカはやはり前を向いたままだ。顔に掴み所の無い無表情を浮かべて。
「そうだ。稀に見る同期多数の脱退と戦死。あいつらの年の剣士はあの二人だけだ。俺が言えたことでもなく、言うなら、エリクが言うべきことだ」
 オリエックは目を閉じて失笑すると、ゆっくりと目を開ける。動き回るエリクとエアーが、いやに我武者羅に見える。まるで己の心を殺すために木剣をぶつけ合っているようにも。
「いつもいつもクォンカさんの言うことは正しい気がするんですよね。不思議です」
「オリエック、今のは嫌味か?」
「心からの賛辞です。あ、決着がつきそうですね」
 オリエックは二人の方向を指差す。


 エアーとエリクの木剣がぶつかる。軽い音が連続して中庭の音を支配している。
 エリクの得意は、相手の剣を奪うことにある。剣の動きでもって、剣をぶつけ合う相手の剣を奪ってしまうのである。
 それが、できずにいた。
 奪えるかと思う瞬間に、エアーの木剣は切っ先から消えてしまう。だからと言って単純にエアーを押し切ることができない状況だった。
 一方エアーは「面倒だな」と思っていた。あまり長く刃を合わせていると、すぐに剣が奪われそうになる。おそらく油断した瞬間に木剣は奪われているだろう。
(ってことは、ずっと狙ってるってことだろ? 得意なのは、わかったけどさ)
 呼吸が、読めた。
 エアーにはエリクがどうしたいのかが、わかった。
(ま、これで負けになったら負けだ。こいつにはいい薬になるってぐらいで、いいか)
 エアーの得意は、昔から速さを生かした戦法である。しかしそれにはかなりの集中力が必須。自分の体の速さを追い越す状況判断、状況を切り開くすべを思いつく思考能力。
 実を言えば二年間旅を続けていた間、エアーは否応なしに実践を積んできた。その経験。
 全てが今、エアーにある力だった。
 それでもまだ足りないと、エアーは思っていた。だからと言って、ここで負ける気のないエアーである。
 エアーはわざと、エリクの木剣と長く刃を合わせた。長く、といえども瞬間に感じるほどの速さだった。エリクはエアーが持つ木剣の鍔と自分の持つ木剣とを絡ませて、エアーの木剣を絡め取る。エアーは直前、手を離した。
 エリクの木剣に絡め取られたエアーの木剣は、すぐにエリクによって捨てられた。直後、素早くエアーが一歩前に踏み込んだ。エリクが木剣を返して斬りかかる形になるよりも速く、身を翻して後ろ回し蹴り――思い切りエリクを蹴り飛ばしたのである。
 ――ちなみに、やり過ぎた、とエアーが気がつくのは、エリクが派手に地面を転がったあとだ。
「止め!」
 オリエックが片手を振り下ろして叫ぶ。
「勝者、エアー・レクイズ!」
 わぁと中庭が一斉に騒がしくなった。エアーは真ん中で片足で立ったまま、「やべぇ」と呟いた。
「オリエック」
 けらけらと笑いながらクォンカが言えば、オリエックが「はい」と内容も聞かずに動き出す。剣士の一人を捕まえると白魔道士を呼んでくるように命令して、自分はエアーを見やった。
 ちなみに、聞こえていた人間には聞こえていたが、実に鈍い音がエアーがエリクを蹴り飛ばした瞬間に聞こえたのである。
「おい、生きてるかー?」
「勝手に殺すな……!」
 呻くような声でエリクが答えたので、エアーは力を抜いて「よかった」とやはり呟く。
「悪い、やり過ぎた」
「っ、ホントだよ。殺されるかと思った、本気でさ。試合じゃなくてもやるんだろ? これ。お前の身長だったら大抵の奴の首狙えるし」
「まぁ、剣手放さなきゃなんねー状況で、次があったらありかもな。ま、次の人間いた時点で死ぬけど」
 苦笑を浮かべつつ、エリクに歩み寄って片手を差し出した。転がったままのエリクはエアーを見上げると、やはり力を抜いた笑顔でその手に捕まった。
「あら」
 妙に聞こえるホンティアの声。エリクが片腕を押さえながら起きあがった瞬間である。
 ホンティアの声に二人が訓練場の方向を見やるとホンティアが笑顔で背後を見ているのが、見えた。その奥には小柄な女の姿が。
 赤紫色の髪の毛が揺れているのを見れば、間違えようがない。アタラ・メイクルだ。
「アタラじゃない。お久しぶりね」
「ティア、昨日会ったばかり」
「そうだったかしら? すぐ忘れちゃうわ」
 ころころと可愛らしい声でホンティアが笑う。アタラはホンティアを見やって微かに笑みを浮かべると、すぐに厳しい表情で中庭に降りてくる。
 ちなみに中庭と訓練場の境目に立っていて、目立つのはブランクだ。奇妙な音で鼻を鳴らすとちらりと訓練場の入口を見やる。
「ウィアズ王国は高等兵士が一番不真面目らしいぜ」
 アタラがブランクを睨みつけた、さらに直後。
「ホンティア隊長! みんな困ってます!」
 入口からぱたぱたと少女が走ってくる。背中に弓を――まるで弓に背負われているかのように見える少女。
 ホンティアは少女を見やると笑窪に指をあてて悪びれたふりもなく答える。
「カランに先にやっててって伝えてくれる?」
「副官、第二大隊の総司令にからかわれて、どっかいっちゃいました!」
 ホンティアが珍しく困った顔になる。笑窪にあてていた指を離して頭を抱えて「まったくもう」と。
「ちなみに、私がけしかけた」
 アタラ談。
 ホンティアはアタラの後姿に振り返り声を上げた。
「アタラったらっ! うちの隊、これで何回麻痺したと思ってるの?」
 アタラは振りかえると、ニコリ、と口の端を上げて笑う。
「ティアが真面目にやればいいと思うけど」
 ホンティアは口をあけて、唖然とアタラを見やった。クォンカはアタラから目線を逸らした。オリエックは満面に笑みを浮かべ。
「誰かさんに聴いて欲しい言葉ですね」
 と。
 クォンカはぼそぼそと聞き取りにくい言葉で言い訳のように言うのだ。
「俺はホンよりは真面目にやっている」
「あれ? 俺はクォンカさんになんて言ってませんよ? 俺はアタラ高等兵士自身に言ったつもりだったんですが」
 アタラがオリエックを睨む。オリエックは至極緩やかな笑い顔で受け流すと、ホンティアがとぼとぼと帰路についたのに軽く一礼をする。
 なんとなく、エアーとエリクは忘れ去られているような気がして同時に小さく嘆息した。エアーがエリクに肩をすくめるとエリクが微かに笑う。
「アタラさ、結構手荒いから気をつけろよ」
「は?」
「ちょっとどいて」
 ぐい、とエリクの腕――それも負傷している腕を引っ張ったのはアタラ・メイクル。実は二人よりも年上だが、全く見えないのは童顔だからなのか、身長のせいなのか。
「だっ――っ」
「これくらいで痛がるな」
「……っ!」
「……いや、普通に痛がっていいと思うぜ? 普通痛いから」
「声が、でないんだよっ!」
「出てるじゃん」
 エリクは思い切りエアーを睨みつけた。エアーはエリクの姿を見て悪戯に笑う。エリクはエアーを心から憎らしいと思った。
 少しの間、その状況が続いた後。
 エリクの腕を引っ張っていたアタラの手が離れて、ぽん、と手を軽く叩いた。
「久し振り、アタラ」
「久し振り?」
 呼ばれて振り返ったアタラが、しばし、エアーを見上げたのち。
 不機嫌そうに顔をゆがめて踵を返した。
「変わり過ぎ」
 一言。言い放つととっとと訓練場を出ようとする。
 颯爽とした後姿を見送ってエアーはちらりと横を見た。同じく唖然としているエリクの姿が目に入る。
 軽い咳ばらいの音。音にエアーはクォンカを見やった。クォンカは苦笑を浮かべて「さてと」と。
「次の試合に行くぞ。あと三試合は続けてやらせる。そのあとはそこまでの人間で負け抜けだ」
「それって! 俺が負けたら四試合以上ぶっつづけですか!」
「おう、お前がダブらないといいんだがな」
 言って、クォンカは大らかに笑った。クォンカには大抵の、その後の結果が見えてきていた。エリクを負かしたのだ、おそらく大抵の代表には勝てるだろうと。
 第一大隊四番隊――第一剣士隊。多くの別隊の人間が訪れると噂されるこの訓練場は、第二剣士隊より少しばかり、大きな敷地だった。
  
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