36.復帰祝イ

   やっぱり、と思った。
 復帰祝いだとか、そう言う名目は大抵試合だ。
「今日指定した班に分かれて! 順番も位置も気にしなくていいから、それぞれ代表一人を決めて!」
 オリエックが隊員たちに叫んでいる。エアーは嘆息ひとつに、覚悟を決めた。
 肩から力を抜くと、「はい」と声を出す。
「わっかりました。喜んでやらせていただきます」
「おう、当たり前だ」
 上機嫌にクォンカが。
 ホンティアがエアーの肩に手を置いて寄りかかりながら「すごーい」と声を上げた。
「ねぇねぇクォンカ。これ書類だけで作ったの?」
「大抵はな。実力は均等に分かれてるはずだ。一応は見てきた内容を頭に入れて作ったからな」
「何百人いると思ってるのかしら。仕事狂いでもなきゃできないわよ、こんなの」
「ぎりぎりに準備してるわけじゃあないからな」
 軽く意地悪くクォンカが笑う。実を言えばこれもブランクが隊の仕事をいくらか手伝っていたからこそできた内容なのだ。出兵が近くに迫っているため、予定も詰まってしまっていた。
「それで、俺の実力は見てみないとわからないと」
「おう、見てみないと分からないことを願ってる」
「まぁ、遊び歩いてたわけじゃないので、見てみないとわからないと、思いますよ? って、俺もやってみないとこっちの実力わっかないんですけどねー……」
 少しばかり自信混じりに言ってから後悔。もしかしたら隊平均の実力が飛躍的に上がっているのかもしれない。そうなれば自分は取り残されたことになる。
 それは、嫌だ。
 エアーはホンティアに許しを貰ってホンティアから離れると、軽く体をほぐして訓練場の端に置いてある木剣を取った。――軽いな、と思う。ずっと真剣しか持っていなかった。
「まぁ、やるだけやります。無駄に何度も死にかけてるわけでもありませんし」
 木剣を軽く振り回して感触を確かめながら、エアー。オリエックに腰を叩くという合図を送られて、帯剣したままだということに気がついて慌てて外した。試合の時は純粋に、木剣だけで戦うことの方が多いのだ。
「防具付ける?」
「いいですよ。誰もつけないでしょう」
「ならいいや。痛い思いするのはエアーだしね」
「あはは……まぁ、確かに。ま、痛い思いするのも訓練ですし」
 いつものことでしょうと、苦笑を浮かべながら告げて、エアーは軽い足取りで試合が行われる中庭の方向へと歩いた。
 歩きながら、周りを見た。訓練場の中、中庭。多くの剣士がいる。久しぶりだな、と思う。この空間に戻ってきたくて、何とか帰りたくて二年間努力してきた。戻ってきて、きっとみんなと笑いあえたらと淡い希望を抱きながら。
(……ノヴァさんとことか、行ったのかな)
 覚えている顔は確かに数いたけれど、名前を呼べるほど見知った顔が見当たらない。同期の顔が、見つからない。
 しかし数百いる隊員の中からすぐに見つけ出すことなど無理に等しいだろう。エアーは少しだけ寂しい気持ちを押し殺して、中庭の前に立った。
「第一試合! 一班代表エリク・フェイ対エアー・レクイズ!」
 クォンカの声が背後から聞こえて、ふとエアーは振り返った。
 クォンカがいる班の塊で、「はあ?」と明らかな非難の声を上げたのは、若い剣士。
「今! 俺じゃないって決まったばっかりじゃないですか!」
 隊長であるクォンカに対して面と向かって怒鳴る男。短い黒髪、黒い瞳、白い肌は、ウィアズ王国になら本当にどこにでもいる。
「こういうときは自らやりたいというもんだな」
「だったら違う人でもいいんじゃないんですか? なんで毎回毎回……」
 ふう、と肩を落として若い剣士――エリク・フェイがため息をついた。代表を決めた班が散り散りになる。観戦の位置に行く剣士、自己の訓練に戻る剣士と別れていく。
 エリクはどうやらすぐに諦めたらしい。木剣を握ったまま、エアーがいる中庭の方向へと歩いてきた。
「エアー」
「え、と……」
 呼ばれてエアーは困惑する。実のところ顔は見覚えがある気がするものの、話したことがある記憶がない。先ほどクォンカが叫んでいた名前も、実を言うと聞き逃した。
 エリクは「やっぱりね」と苦笑を浮かべた。
「俺がエリク・フェイだよ……って人の話聞こうよ」
 エリクはうなだれて息を吐いた。エアーは丁度ホンティアに呼ばれて応援されて、困りながら返事をしているところだった。
(ったく……いつも誰かに呼ばれてるんだからさ)
 エアーの背中を叩いて、エリク。驚いて振り向くエアーに悪戯に笑った。中庭の中央に向かって歩きながら、もう一度。
「俺がエリクだよ。第一試合の対戦相手。一応同期だけど、初めましてだよな。よろしく」
「へえー」
 目を丸くしてエアーが興味を示した。叩かれた背中を軽く押さえて同じく中庭の中央に立つ。
「それじゃあ、他の皆は元気?」
 オリエックが二人の間に立った。二人の間にオリエックが立ったのを合図に、二人はそれぞれに木剣を構えた。
「……ぃょ」
「?」
「始め!」
 オリエックが片手を挙げて叫んだ、試合開始の合図。
 声に弾かれるようにエアーは前に跳んだ。エリクは一瞬だけ目線を落としたけれどすぐにエアーの姿を真直ぐに見た。悲しそうな――何故か悲しそうで、寂しそうな、その姿。
 音を立ててエアーが木剣を振り上げた瞬間である。
「もう、誰もいないよ。ノヴァさんの隊にも!」
 振り上げた木剣を振り下ろして、途中でぴたりと止めた。エリクは微動もしていない。エアーの姿を真直ぐに――まるで祈るように見つめてくる。
 木剣がぶつかりもしない状態で、時が、止まった。
「何、言って……」
 しんと静まり返った中庭。「はは」と笑ったエアーの声が妙に中庭に響く。
「何、言ってんだ……そんなん冗談なんねぇって。場所を考えろよ」
「冗談じゃない」
「嘘だろ」
「嘘じゃない!」
 エリクの怒声を聞いて、よろよろとエアーが二、三歩、後ろに退いた。
「……そう、か」
 二年。とエアーは思った。
 長いようで短かった二年間。
 本当は、とても長い時間だったのだ。
「わかった。悪い。俺も、皆にまた会おうとは言わなかったから」
 あぁでも待ってろとは言ったんだけど。
 期待、しない方がよかったのだと、いまさらだけれど思う。
 浅はかだったな、と思う。
 自分たちはこんなにも死の隣で生きているのに。
「ごめん。やろう」
 もう一度木剣を構えなおして、エアーはエリクを見た。少しだけ、必死に笑顔を作って。
 エリクが肯くと、二人の様子を見守ったオリエックが鋭く叫ぶ。
「再開!」
「「はい!」」
 二人、同時に動き出す。
  
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