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「そんな訳だ。無駄に元気になったぜ」
イリスベの村の中、クサッベの家の椅子に座りながらクレハは苦笑を浮かべた。
エアーが崖に落ちてからしばらくの日にちが経っていた。キィリはエアーの骨折した部分だけはすぐに治してくれなかった。なんでも、おそらくかなり酷い状態だから、すぐに治すと成長に悪影響が出るからだ、とか。「ガキはこれだから面倒くさい」と本当に面倒くさそうにキィリが言った。
骨が治るとリハビリをしていて、「なんで動かないんだ」と泣きそうな声でエアーが言っていた。
動くようになったら、本当に動き回る。キィリが「少しは落ち着け」と怒鳴る様は、なんだか姉弟のようにすら見えた。
つまり、エアーはすっかりキィリに懐いてしまったのだ。どうやらエアーはキィリのような女性に慣れているらしかった。
クレハに最近の様子を聞かされたクサッベの肩がぷるぷると震えている。ひげで隠されて見えないが、口元も心なしかこわばっているような。
「クサッベ?」
「ん」
答えたのが、最後だった。
クサッベは唐突に口から息を大量に吐き出すと、「ぶわっはっはっは」と大声で笑い出すのである。
「なっ、なんだよっ! 笑うなよクサッベ!」
「いやあ、あんまりクレハがいじけてるんで、おっかしくてしかたなくてなあ!」
「なっ、何っ言ってんだ! いじける要素がないだろって!」
「かわいい弟分を奪われたって顔しとろーが! いやあ、あっはっはっは! クレハも本当に人が好きだわ!」
聞いたクレハの顔が真っ赤に染まった。クサッベは机をばしばしと叩いてまだまだ大笑い。
「それも元気になったあたりは本当に嬉しそうじゃあ。いやー、クレハさんに会ったという気になるわ。そういうクレハさんがお気に入りなんだがね!」
言って、やはり大笑い。
「ひ、ひでえぞ、クサッベ! 俺は俺のこんなところが大っ嫌いだ!」
「そこがクレハさんの長所じゃろーが! そのまんまのクレハさんのまんまで数年後も会いたいもんだな!」
「……っ」
やはり顔を真っ赤に染めたままクレハはクサッベから目線を逸らした。
この男。褒められたり感謝されることが苦手なのである。
曰く、居心地が悪い。
つまりは照れてしまうのが嫌なのらしい。
「で、クサッベ。俺にこいっつってた奴はできたのか?」
「ん? おうおう、そうだそうじゃあ。忘れとった」
笑いをかき消してよいしょとクサッベが立ち上がった。
「ちょうど昨日できあげたとこじゃ。持ってけ」
小さな棚の上に横たわっていた剣を手に取る。
飾り気のない剣だった。鍔も見当たらない。皮の鞘に入った剣。
片手で持ち上げてクレハの目の前に置くと、満足そうにクサッベが笑う。
「なあんもいらんで。最近頭も腕もにぶっとったから、練習ついでに打った剣じゃあ」
クレハは剣を持ち上げて、少しだけ鞘から抜いて見た。
赤い刀身。艶めかしく光るその美しさ。
これがただの練習だというのだから、クサッベには頭が下がる。
「悪いな、クサッベ」
「いんやぁ、俺はあのがきんちょがこの剣をもってどういう人生を送るのかが楽しみなんだわ。そういう楽しみ方が俺の一番の報酬なんだわ」
聞いたクレハはくすくすと笑うと、椅子から立ち上がって、おもむろに自分の剣を剣帯から外した。
「よし、じゃあこれは俺からってことで。中古で悪いが、急場だしな」
自分の剣を鞘から抜いて、クサッベが打った剣をその鞘に納めた。
すんなりと鞘に収まった剣を見て、クレハは失笑する。
「ここまでまともに入ると思ってなかったんだけどなあ」
「おう、俺もびっくりじゃ」
くっくとクサッベが喉を鳴らした。
「これも巡り合わせかもしれんなあ」
「おいクサッベ。この前からそればっかりじゃねーか」
「いんやあ、そんな気がして仕方がなくてなあ」
「まぁ……確かに」
自分の剣を皮の鞘に納めて腰に吊るした。旅の間以外は普段帯剣して歩かないクレハだから、鞘に拘ることもない。
「で、あのがきんちょはどうするんだ?」
「ん、そうだな。俺もそろそろ帰るつもりでいるから、フリクに帰すか、それとも、あいつ一人で放り投げるかだなー」
「で、そのための下準備はしてあるっちゅーことだな。流石はクレハさんだ」
「何がっ」
答えてクレハはクサッベが打った剣を手に取った。
「とにかく、あいつ今山頂にいるから、これ届けてくる。また落ちられても困るしさ」
「あいよ。またこいな、クレハ」
「おう。あとでエアーにもここにこさせるから」
告げて心持駆け足でクレハが家から飛び出した。
クサッベはクレハの様子を見てまた、くっくと喉を鳴らして笑いをこらえる。
「つまりは、心配でしかたがねーちゅーことだな。流石はクレハさんだ!」
どわっはっはっは、とまた声を出して大笑いしてクサッベ。
イリスベは今日も晴天だ。
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