19.変人の決別

  「何か、」
 ブランク・ウィザンが処刑されるのは昼を過ぎた、一四時。
 ブランクは両手を木製の手錠に括られ、足には自由を奪うような重石をつけられた状態で広場の中央に向かって歩く。中央の処刑台に続くように人が分かれてできた道を、両脇、背後と三人の兵士に連れられて歩く。罵声がブランクに飛ぶ。
「あるんですかねぇ、この国に色は」
 空は曇天だった。黒ずみかかった雲からは延々と大粒の雪が降る。
 広場に集まった人々の頭上にも雪が積もり、それぞれの色の髪を白く染める。吐く息も白く、人々が好んで着る白い服に、雪で化粧された町並み。マウェートの王が住む王宮の城下町は、驚くほど白かった。
 両脇に並ぶ兵士の一人がちらりとブランクを見た。ブランクは背筋を伸ばした姿勢のまま、足の重りなど重りになどなっていないような軽い足取りで兵士についてくる。
「天魔なる、白だ」
 兵士の答えに、ブランクがふへ、と奇妙な音で鼻を鳴らした。
「へえ、それは初めて耳にしました。天魔の獣たちの色は赤紫色でしょうが。最も、加護を受けると言われてる赤紫の髪を持つ魔道士が、ウィアズで高等兵士になったから公言できなくなったんで?」
「なんだと……っ、貴様!」
「おやぁ、図星でしたか? これはどうもすいません」
 処刑台の上に続く階段を登りながらブランクが可笑しそうに肩を揺らした。様は、不気味としか言いようがなかった。
「とはいえ、」
 笑いながら、ブランクが。
「悔しがる気持ちも分からなくはないんですがね。希望の殿下は魔道士には興味はないときた」
「貴様、それ以上の侮辱は許さん。処刑の前に舌を引き抜くぞ」
 聞いたブランクがまた奇妙な音で鼻を鳴らす。
「へぇ、怖い怖い」
 やはりブランクの態度は飄々としたまま。
 処刑台の上に立たされて、ふと空を見上げた。横の兵士が罪状を述べている間、ブランクは空を見上げて苦笑するのだ。
 白いな、と。
 せめて青い空が見えればよかった。ウィアズ王国の青が。
「さあ、この刑によって天魔の獣たちにお前の罪は許され、月に行くことが許されるだろう」
 ブランクの背中が軽く、とん、と押された。処刑台の端に立たされて、兵士たちが紐を首にあてがおうとした。
 ブランクが、ふへ、と鼻を鳴らす。
「天魔の獣たち?」
 喉を鳴らしたかと思うと、すぐにブランクが大笑いを始める。いらついた兵士が無理にブランクに紐をくくろうとすると、ブランクは不敵に笑った。
「俺が許しを請うのは、この空だ。この白い雲のさらに上にある、青い空にだ!」
 刹那、ブランクが身を屈めて紐から身を遠ざける。次いで重しのついた足で背後の兵士を蹴飛ばすのだ。重石のついた足の威力に兵士がぐらりと数歩よろめいた。
 すぐに両脇の兵士が武器に手をかけた。が、ブランクは一人を体当たりで処刑台の上から落とすと、重心を変える勢いでもう一人を片足で踏み飛ばすように蹴飛ばした。
 処刑台は広くない。かろうじて残っていた一人の兵士は顔を真っ赤にしてブランクと対峙する。広場は一斉に喧噪と悲鳴に包まれた。
「見ろ! 処刑されるべきは無意味に他国を誹謗する奴らだ!」
“ウィアズからきた変人”と呼ばれていた人間には似合わない、表情と声。
「それに、」
 低い声でブランクが続ける。他所にはあまり広がらない。
「最初から俺はお前らの敵だったのに、なんで『仲間を殺した』って罪状で殺されなきゃなんないのか、訊いてみたかったところだ」
 嘲るようにブランクが奇妙な音で鼻を鳴らした。ますます真っ赤になった兵士が剣を抜く。ブランクが喜色に笑った。
「じゃあな。俺の肌に合わなかった、白い国さんよ」
 ブランクが手錠も足の重しもそのままに、処刑台からとん、と跳んだ。
 落下する最中、ブランクは「メアディン」と唱えた。ふわりとブランクの体の落下する勢いが弱まったかと思えば、ブランクは人々の真ん中に不時着して笑っている。
 カランは遠くからブランクの姿を眺めながら、背中から弓を取った。
  
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