121.噂の有用性

   同じ頃、はるか南ウィアズ王城の一角で、ウィアズ王国軍第三大隊の高等兵士たちが集まって会議を開いていた。いつもは高等兵士以上が全員集まる統合部署が開かれる会議室だ。半数がいないと妙に広く感じられる。
 ピークとの通信が終わってビジカルから解放されたカランは、まっすぐ会議室に向かった。第三大隊三番隊隊長として会議に出席するためだ。
 遅れて会議室に入ると、第三大隊だけではなく、第二大隊の帰還している高等兵士たちも会議室の中にいた。
「遅れました。報告はしたほうがいいですか?」
「いらないよ。ピークはピークで忙しいだろうからね」
「みたいです。今はどういう話になってますか?」
「うん、根本的なところかな……」
 カランを快く迎えたのはウィクだった。ウィクはカランの質問に丁寧に答えて、沈黙する会議室の中を見渡した。
「根本的?」
「出るか出ないか」
 即答して第三大隊四番隊隊長シリンダ・ライトル。即答した割に、顔は少し眠そうだ。
「俺はどっちでも構わないけど、こっちが出なくてもあっちが出てくるぞ」
「出るって決まったはずじゃ?」
 シリンダの隣の空席に座ってカランが周りを見た。シリンダがカランを見やって失笑した。
「それが渋ってるのがいるんだよ。な?」
 言ってシリンダが見たのは第二大隊三番隊隊長クォンカ・リーエ。クォンカはシリンダの視線を受けて、おどけた様子で肩を竦めた。
「ただ渋ってるわけじゃない。充分に情報を集めてからの出征にしようと言ってるだけだ」
「手に入れられる情報がないんだろう? あ、それでまたピーク出てるんだっけ?」
「おい、シリンダ。それは一応は秘密だぞ」
 高等兵士たちの公然の秘密。ピーク・レーグンの休暇は大抵、私用ではない。王城にいない理由を作るのが面倒だから休暇にしているという話がある。
「私も情報を集めてもらってはいるが、いい話は聞かないな」
 ティーンが低い声で会話に割り入れば、会議室はまた重く静まりかえる。
 だが空気を読まないのも特技の一つ、第三大隊三番隊隊長カラン・ヴァンダ。
「クレハ・コーヴィのことなら、さっきそこでうろうろしてたぞ。待ってるんじゃないのか?」
「クレハがか?」
「うん。ティーンが呼んだらくるだろ」
「あぁ。わかった」
 ティーンが入口から出ると、確かに扉前にクレハがいた。クレハはティーンに連れられる寸前にわめくように抵抗していたが、物理的に中に入って扉を閉められた時点で諦めた。静まった。
「こ、コンニチワ、高等兵士の皆さん……」
 あは、あはは、と苦笑い。視線集まる中で椅子の一つに座らせられて、はあ、と隠そうともせずに溜息をついて頭を抱えて嘆いた。
「軍人さんたちの判断力を求められても困ります……」
「クレハ、お前も一応は軍人だ」
「違う、俺は自由人だ」
 しれっとティーンに返答したあたり、本当は余裕がありそうだ。クレハとは一番遠い席でウィクがくすくす笑っている。
「僕――私たちが戻るのを待てないぐらい重要な内容だったのかい?」
「んー……」
 ちらりとクレハはウィクを見た。ウィクはいつもの微笑。まわりは興味深そうにクレハを覗いている。
「マウェート国王が、死病にかかってるって噂があって……」
 聞いた高等兵士たちの、緊張感が明らかに増した。だから嫌だったんだよと密かに思いつつ、ついでにと苦笑のままに続けた。
「んで、国王の病気を治すためには金色の髪の人間の血が必要だってんで、各町から数名ずつ集めてるらしい……みたいな」
 あは、あははとまた苦笑い。
「ま、まあ、噂ですよ噂! マウェートの国王さんだって元気かもしれませんし!」
 だいたいねぇと続けるクレハの顔は冷や汗が浮かんでいる。さっきから会議室が妙に静まっていて居心地が悪い。
「こんな暗い噂、誰か意図的に流してるんじゃないですか? みなさんとか?」
 あはは、なんて言ってから完璧にやっちまった、とクレハは思った。誰一人笑わない。――一人ぐらい笑ってほしかった。だいたいこの会議室にいる面子自体、真面目すぎるだろう。
「……た、ピークさんと連絡とりましょうか? マウェートにいるんでしょう? 調べてもらいますか」
 隊長、と言い損ねた口を無理やり直して第三大隊六番隊隊長ワイズ・サティ。元はピークの隊の隊員だ。
「そんな余裕ないでしょ、カランに連絡とってくるぐらいだから」
 不機嫌そうに答えたのは第二大隊一番隊隊長アタラ・メイクル。
「その噂が本当かそうじゃないかは置いておいても、そんな噂が出るぐらいだからマウェートはこれから荒れるでしょうね」
 アタラの口調はそっけないがきちんと考えてはいた。
「やるならそれに乗っかるのが一番だと思うけど」
 言ってティーンを見た。第三大隊総司令補ティーン・ターカー。だが実権が一番強いのはその横、第三大隊二番隊隊長ロウガラ・エンプスだ。
「さあて、どうする? ティーン総司令補」
 にやにやと笑いながらロウガラはティーンを覗き見た。ティーンの隣に座るのはウィクで第三大隊の総司令だが、実質ティーンが総司令なのは本人たちを含め周知の事実だ。
「私はね、あの老獪が簡単に死ぬわけがないとは思っているよ。だからこそ噂に踊らされるわけにはいかないともね。でも違う考えの奴らがいるんだろう?」
「私も今出るべきなのかとは思っているが」
 先ほどと同じぐらい低い声で、重たく口を開けてティーン。
「クレハの聞いてきた噂も、若干入っている話も、どちらも中止する理由にも急く理由にもならないな」
「俺は一刻も早く進むべきだと思う」
 第三大隊五番隊隊長剣士ノヴァ・イティンクスが口を開けば、意外さを含んで会議室が再び静まる。ノヴァは目だけで辺りを見渡して、静かな声音で続けるのだ。
「国土を戦場にするべきじゃない」
「それはそうでしょうけど」
 ノヴァに口を挟んだのは、クレハだった。顔はやっぱり苦笑い。
「バチカの守護魔が今バチカにいないっていう噂もあって、どこにいるのかなぁってのも」
「いない? あれが? だとしたら今、バチカは絶好じゃないか!」
「どこにいる」
 あくまで表情は冷静に、ノヴァ。
「ムディオは今、どこにいる」
 表情とは裏腹に、言葉は剣のように鋭かった。クレハは思わず息を呑む。息を呑んだクレハを見て、ティーンがふうと大きく息を吐き出した。
「わかれば噂などという曖昧な形にはならない、噂程度に本気になるな」
 言われたノヴァがティーンを睨んだ。
「わかった。クレハの有用性も」
 しまったな、と表情に現したのはティーンとクレハ同時だった。対角線に座っているのだが、見事なシンクロに一部がくすりと笑った。
「ノヴァ、そういじめてやるな」
 クォンカの笑いはくすりよりも大きかった。笑った顔のままノヴァを見やればノヴァは無言で頷く。
「ともかく、マウェートが奪還しに来ないのにも納得がいくな。貴重な情報――まぁ、噂だが。恩に着るぞ、クレハ」
 面識のないクォンカに軽く頭を下げられて、クレハは胸中でほっとした。ようやく解放されそうだ。
 クレハが会議室の入り口から出た――ちょうどその瞬間に、「え?」と声を出したのはワイズだった。いつの間にか肩に、嘴と足の長い炎の鳥がとまっていた。
「いや、いかないよ? 君がライディッシュを助けたいのはわかるけれど」
 苦笑を浮かべてワイズが炎の鳥に話しかけると、炎の鳥は頭を動かして周りを見た。
 見られた先に居たアタラが顔をしかめて「断る」と即答。炎の鳥がしょんぼりと首を落とす。
「あの人が負けるならとっくに負けてる。俺は助けに行かないし、ワイズスティンも助けにいかない」
 言い聞かせるように炎の鳥に語りかけてワイズがにっこりと笑った。
「あの人はね、魔道士であり高等兵士なんだよ? 考えもなくこんな魔力は使わないさ」
 かつてワイズが信仰のように従ったのは、ピークが実力ある魔道士だからだというだけではない。決して諦めずに立ち向かい続けたからだ。
  
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