119.作家への苦情

   ピークの呼びかけにウィアズから返ってきたのは、意外な人物の声。
『ピーク』
 ノヴァ・イティンクス。
『ここにいたらクォンカとカランの、面白い表情が見れたぞ』
「あ、ノヴァ、お前この野郎。んで、面白い表情って」
『真顔だ』
 しれっとノヴァが言うのに、ピークは思わず笑ってしまった。面白い表情だと表現されるほどの真顔、見てみたかった。
「ノヴァ、ずるいっすよ、俺にも見せなさい」
『悪い、俺だと魔力がないな』
「ビジカル、見せてください」
『嫌ですよ』
「見せなさい」
『もう二人とも別の顔してますから無理ですって。っていうか教士、あぁいう言い回し持ってるんだったらいつも使ってください』
「お断りです。疲れるもんは使いたくありません」
『言い直します。教士、あんた頭だけはいいんだから、いい方向に頭を使ってください』
「大きなお世話です」
 魔道士隊の隊長と副官のやり取りに一間おいて、割り込んだのはカランだった。
『ピークさん、マウェートにいるのか?』
「あー、カランっすかね、この声は」
『あぁ。なんでマウェートにいるんだ?』
「んまぁ、色々確かめに」
 ピークはへらへらと笑って机に頬杖をつく。
「なんで、カランにちょっと王宮の構造を諳んじてもらおうかと」
『何で?』
「王宮に潜入する用事ができまして。んで、確実に目的の場所までいかないと、俺もエアーも危険そうで。あ、俺もエアーも戻らなかったら、そこにいるノヴァを恨んでくださいね、ビジカル」
『エアーが王宮に捕まりでもしたか? あの容姿でいれば、狙われることはないと思ったんだがな』
「あの容姿だからこそ狙われたみたいで。聞いてたっしょ、お前も」
 クォンカに答えてピークが半眼になった。ウィアズ側の声はピークにしか聞こえないが、そもそもピークは借りた部屋に現在、不可侵の魔法をかけている。聞き耳を立てても聞こえはしない。聞こうと思って魔法を使ったなら、何かしらの反発で気が付く。
「まぁ、そこらへんの話は戻ってからします。なんでカラン。俺に王宮の構造教えてください。絵を描いてくれれば、ビジカルが画像飛ばしてくれるはずなんで」
『紙、あるのか?』
『準備してあるよ。教士との通信には必須だから』
『ビジカルもよくできた副官だな。うちのオリエックといい勝負だ』
『……オリエックとは一緒にしないでいただきたい』
 マウェート側は予想外のことで慌てているのに、ウィアズ側の変わらぬ緩さ。ピークは少しくすりと笑った。
「そういうことで、ノヴァ。相手は想像以上の魔道士です。俺が魔道士だっつーことに一目で気が付きました。上に逆巻きの下法を使えてます。殺すつもりでやって、五割程度。あとはお前の考えている通り――」
 細めたピークの目に、侮蔑が浮かぶ。自分でやっていておそらく、あの少年のような表情をしているのだろうと思った。腹が立っていたから。
「エアーの魔法を解いて、あいつの目の前に立たせることができれば八割成功します。お前、暗黒魔道士がマウェートにいるっていう時点で、エアーが“赤紫の眼を持つ剣士”っつーことを利用するつもりでいたろ。あれだけ懐かれといてよく利用できるな」
 ピークはノヴァのシナリオに乗ってマウェートにやってきた。穴だらけのシナリオ。そもそも伝えるつもりがなかった部分のシナリオだろう。――赤紫の眼を持つ剣士であることを利用すること。眼の色には魔力の色が濃く映るのだということを、暗黒魔道士と呼ばれる魔道士たちも知っているはずだ。彼らが待ち望む、神教国の王であり神である存在と、同じ魔力の色だと。
 天魔の魔道士と呼ばれる魔道士が忌み嫌い、恐れるべき存在と同じ魔力の色だと。
『エアーなら気が付いたら肯定するぞ』
 ピークの明らかな批判にも、ノヴァの声に揺らぎはなかった。
『勝つために利用するはずだ。ピークもそうだろ』
 ピークはほんの少し失笑した。「そっすね」と。
「俺には絶対に勝ちたい理由があるっすからねぇ」
『戦いや戦い方に善悪つけても仕方ないだろ』
 唐突に割り込んだカランの声。ピークは少し、聞き覚えのある言葉だなと思う。
『皆自分のために戦ってるんだ。そんなことは全部終わってから言えよ』
『……言ってることはわかるけどな、これは酷いぞ……』
『?』
『なんで道二本と中庭が重なってるんだ……』
『おう、こっちは不思議な形の部屋があるぞ。なんだ?』
 緊張感のない声がウィアズから聞こえてきて、ピークは今度は思いっきり笑い出した。悪戯半分にビジカルが画像を飛ばしてきたので、余計に大笑い。
「そっすねぇ、文句やらなんやらは全部終わってからにするにして。ノヴァ、悪かったっすね。あんまりな無茶振りだったんで愚痴っちゃったっすよ」
『ピーク以外にできない無茶だ、気にするな』
「あははー、信用されたもんすねぇ」
 カランの見取り図――感覚的に書かれているのでかなり芸術的だが――を眺めながらピークはマウェートにいるもう一人のウィアズ人を思った。
 信頼すると言い合ったのは、昨夜だ。
 今はまだ無事でいろと、無意識に願った。



■□■□



 そこは陽光の入る部屋だった。
 エアーが運ばれてきたのはマウェート王宮の別塔、最上階。石造りの丸い部屋にガラスの窓。他に数名の金色の髪の人間がいた。
 彼らの近くに放り投げられて、エアーはやはり渾身の力を込めて顔を動かす。動いたエアーを見て、少年が眉を上げた。
「ほう、まだ動くか。ならばすべて見ていたな。聞いてもいたのか」
 体が鉛に変わってしまったかのように重い。見えない鎖で縛られてしまったかのよう。エアーは無言のままに少年を残った力で睨む。
「面白いな。魔力などほとんど持っていないように見えるが」
 コトンコトン、と音を立てて少年が部屋の中を歩く。端に置かれていた檻を開けると、従う二人の黒いローブがエアーをもう一度持ち上げて檻の中に放り込んだ。
「よし、これでいい。お前は特別に最後にしてやろう。絶対に成功するとわかってからな。自我を残しまま作り変えてやる」
 少年が何かを引っ張るような仕種をすると、エアーの穴という穴から黒い煙が溢れ出し、檻の外で霧散した。とたんにエアーの体が少しだけ軽くなる。けれど体力が戻る気もせず、エアーは牢の中で横になったまま、少年を観察していた。
 少年が向かうのは壁沿いに取り付けられた細長い机。机の上にはたくさんの薬草――中に、ごく最近見た薬草も混じっていた。
 少年から目を離して部屋の中を見渡せば、目を開けたまま動ごかない金色の髪の人間たちがそこそこに転がっている。瞬きすらしない彼らを見つけて、エアーは顔を歪めた。
「どうして金色の髪にこだわる」
 少年がちらりとエアーを見た。エアーは猛獣を入れるために作られただろう狭い牢の中でゆっくりと起き上がる。
「お前らが崇めている神は、金色の髪と赤紫の瞳だと聞いた。金色の髪を集める理由か?」
「貴様も我らが王を愚弄するつもりか」
「いや……」
 エアーは少年から目を逸らし、少し考えるようなそぶりをする。
「罵れるほど、俺はお前らの神を知らない」
 言って無意識に眼の前に手を上げた。――眼を、隠した。
「何故だ?」
 少年が振り向いた。金色の瞳が興味で輝く。
「何故貴様らは我々を恐れない。貴様の相棒を名乗ったあの男も、腹の底では我々を恐れてはいなかっただろう」
「恐れるべきか?」
 無意識に上げた手を下げ、エアーは少年を見た。
「お前も聞いただろう、俺たちはマウェート人じゃない。迷信を信じやしない」
「我々の俗名『暗黒』とは、他を塗りつぶす意味だ。恐ろしくはないのか」
「相手を自分の思うとおりに塗りつぶしたいから戦うんだろう。今更それが恐ろしいのか」
「ほう」
 少年は椅子に座り、顔に喜色の笑顔を浮かべた。
「面白い。この国と天魔の獣たちの綺麗ごとなど飽きてきたところだ」
 なあ、と続ける少年の笑顔は、子供のものではない。ウィアズのセイトのように作った大人びた笑顔でもない、にじみ出る貫録の笑みだ。
「貴様が金色の髪でもなければ好意ももてだろう……に?」
 少年が唐突に立ち上がった。笑み一切を消し早足でエアーがいる檻に近づく。
「貴様、魔法をかけられているな。かけているのか? 体全体にうっすらと膜を……」
 エアーを凝視したまま、少年が両手を檻の中に差し込んだ。手のひらをエアーに向けて、顔を歪めた。
「あの、天魔の魔道士か! 何者だ、この私を欺くだと!」
 ちりちり、とエアーの体の周りで火花が散った。少しして火花が消えると、ウィアズ王城を出発するあたりから感じていた妙な違和感が体の周りから消えて、改めてマウェートの風を感じた。
 寒いな、と。
「黒髪……その眼」
 差し込んだ手を引っ込めて少年が立ち尽くす。みるみる顔に怒りが満ちていく。――どうやら魔法を無理やり解除させられたらしいことを知り、そして眼の色すら見られたことを知り、エアーの頭に死がよぎった。自由でなく剣もない、魔道士たちに囲まれた状態からどうやって逃れればいいのか。
「騙したな……騙したな! あの天魔の獣の魔道士め!」
 少年が鋭く踵を返した。出入り口のドアに向かい歩きながら怒鳴る。
「殺してやる! 魔道士であったことを後悔させて殺してやる!」
 ドアをバタンと勢いよく開けて、少年が部屋から出る。「誰も部屋には立ち入るな」と周りに厳命し、入口のドアを開けた時と同じように勢いよく閉じた。
 エアーは考えた、必死で。
 こんな場所で死にたくはないと思った。
 できることなら死に場所は戦場がいい、と。
  
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