101.さようなら

   真夜中、エアーが姿を消した。
 姿を消したのに気がついたのは、ホルンだった。謝ろうとエアーを訪ねて、部屋に居ないことに気がついた。
 病院を駆け回ってみても姿がない。
 駆け回るホルンの姿に異変を感じたのは、マーカーだった。マーカーがホルンに問えば、エアーの姿がないと、慌てた様子で。
 マーカーは聞いてすぐに病院を飛び出した。ホルンに待機するようにとお願いして。ホルンは黙って従った。会うのが多少は怖かったのだろう。
 翌朝。早くにエアーが病院の正門から戻ってきた。
 エアーの黒い外套に真新しい血痕を見つけたのはライフだ。噛みつくように問い質したが、エアーは鼻で笑っただけ。外套を脱ぐと、ライフに放り投げて院長室の中に消えた。
 エアーが入った院長室の中からは、少ししてから怒鳴り声が響いた。院長ルタトのものだった。ただし長く続かなかった。
 声はすぐに止むと、ルタトがかばんを一つを持って、寒空の町へ外套も羽織らずに飛び出していった。
 開けっぱなしの院長室のドアに吸い込まれるように部屋に消えたのは、ピークだった。
 部屋の中から大きなため息、ピークとはすれ違いにエアーがドアから出て行く。
 廊下を歩いていたエアーに正面から声をかけたのは、イオナだった。エアーは足を止めて、イオナの言葉を少し聞いた。
「さよなら、イオナ」
 エアーはそれだけの言葉を残すと、イオナの横を通り過ぎた。言葉を失ったイオナは少しして、悲鳴のように泣き叫んだ。けれど広すぎるウィアズ王国には――さらにはファルカの街にも、イオナの声は響かなかった。一番近いエアーすら振り返らない。
「さよなら」
 ――二度とは会わないだろうと、決別の。
 永訣も、ただの別れも、珍しくなかった。
  
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