外伝『始まりの魔道士』 下
   ナーロウ・ワングァは一人で牢にやってくると、大きく嘆息する。
「仕事増やしてくれるんだもんな、お前な……」
 九時、だが、依然ノヴァは牢のある地下室にいた。ヴェンはそろそろ交代の時間だからと帰る準備を始めている。
 ピークは両手を一つに括られながら、口を尖らせる。
「最終手段に出るのが遅かったんじゃないんすか、ナーロウ高等兵士」
「貴様、開き直りやがるな……!」
 手を固定され、牢の外に出されてピークは小さく欠伸を漏らす。――今更眠気が襲ってきたのだ。
 ナーロウはピークを一瞥すると、踵を返した。ピークを促すようなことはしていない。背中に弓矢がぶら下げられているのが威嚇の証拠。ピークは嘆息交じりに両手を固定している紐を半眼で見下ろし、ゆっくりと足を振り出した。紐は瞬時に見えなくなる。
 ピークは階段を上りながら、ナーロウの背中を半眼で見やる。
「裁判やーだなー」
 ナーロウはピークを一瞥すると、短く息を吐く。
「文句ならリセに言え」
「リセ?」
「アクト――アンクトックが、リセに頼まれたんだと」
「リセが?」
 ナーロウは小さく舌打ちすると、「そうだ」と短く答える。
 ピークは黙り込んで胸中で「なるほどね」と呟く。リセはピークとピークの父を会わせないことには成功した、ということだ。
 ナーロウは歩きながら、ピークを見もせずに言った。
「『裁判でどんな人間か確かめてください』、だとな」
「ちょーっとまった、ナーロウ高等兵士」
「どうした」
 ピークは一番上の段から三段目で立ち止まり、半眼になって言う。
「軍の人間が、沢山いるなんてことになってる、なんて言わないでしょうね?」
 ナーロウは短く息を吐いて笑うと「まさか」と。
「まさか、そんな暇がある奴ばかりいるわけがないだろう」
「それならいいです」
 ピークは嘆息し、ゆっくりと一歩を踏み出した。


 ピークが連れられたのは、第一小会議室だ。
 六人ほどしか入れないだろう、こぢんまりとした部屋には、三人の人間がいる。
 ナーロウにアクトと呼ばれた、騎士の高等兵士アンクトック・ダレムと、行政部の人間である法務官の部署長ムナ・ファト。三人目には、暑いのにもかかわらず赤紫のローブを着た人間――賢者メリジョ・バンダーだ。
 ナーロウはピークを椅子に座らせると、アンクトックの横に開いていた椅子に座る。――捕まえた本人が、状況を確認するためである。
 ピークは座ったまま、真直ぐにいるムナ・ファトを見上げる。気を抜いたらすぐにでも眠ってしまいそうな顔だ。
 徐にメリジョは腰を上げ、ピークの肩を叩いた。ピークは横目でメリジョを見上げる。
「……ウィアズ城に、魔道士?」
 メリジョは無言で頷く。
「正確には白魔道士でね。戦争では後方で医士とともに負傷者の傷を癒している」
「賢者だろ、メリジョ・バンダー」
 メリジョはやはり無言で頷く。
「一応、不可視は解いていたほうが良い。裁判では礼儀に反することになる」
 ピークは手首を見下ろし、すぐに魔法を解いた。紐はすぐに目に見えるようになる。
 ムナ・ファトはメリジョが席に戻ると、席払いをし、緊張した面持ちで言葉を発した。
「数年に渡る窃盗容疑ですが……ご自分で名前をおっしゃってくださいませんか?」
 酷く丁寧に言われ、ピークは一時、茫然とする。横でアンクトック・ダレムが大声で笑い出し、ナーロウが戒め、メリジョは苦笑を浮かべる。
 アンクトックが手を上げる。
「ムナ殿、もう少し威厳のある言い方をしていただかないと緊張感が足りません」
 ムナは顔を歪める。もともと童顔である彼が顔を歪めれば、まるで子どもである。
「窃盗容疑で裁判が行われるなんて、初めてだし、本当は無駄ですよ! 累計で監禁一月だとかいっても、そんなの勝手に決めればいいことですし! 現行犯なんですよ! アンクトック高等兵士ぃっ!」
「その通りだ! ムナ殿、暇を作らせて悪いな。実は俺が色々訊いてみたいこともあるせいなんだが」
 アンクトックがメリジョを見た。
「メリジョ様も訊いてみたいことがあらせられるそうだ」
 ムナは横目でメリジョの微笑みを見て、ぷいと他を見た。
「なら、勝手にやってください。形式則らなくても結構でしょ」
「あ」
 とアンクトックは今更思いついたように顔を天井に向け、手の平をポンと打ち合わせた。横でナーロウとムナが同時に嘆息する。
 ピークは嘆息して片手を挙げた。
「名前はピーク。なんでも正直に答えるので楽にしてもいいですか」
 アンクトックはピークを見やると、「しろしろ」と手の平を振る。
 アンクトックは座り直すと、顔に笑みを湛えてピークの顔を見る。
「ところで最初に訊いておきたかったんだが、死にかけて本を盗んだという話は本当か?」
「ホント」
「なんのために」
「読むため」
「人生と本とどっちを取る?」
 ピークは大きく嘆息する。ナーロウはアンクトックの問いを訊くと、人差し指でこめかみをかく。――俺と同じようなことを訊くもんだ。
「見りゃ分かる。本」
 ピークが返答した途端、アンクトックは大きな声を出して笑い始めた。ナーロウはアンクトックのいるほうの耳を塞ぎ、額に青筋を浮かべている。
「黙れアクト!」
 アンクトックの声よりさらに大きな声で叫べば、今度はアンクトックが顔をしかめて笑いを止める。ムナとメリジョは二人とも苦々しい顔をしている。――ピークもだが。
 ピークは青筋を浮かべ、足で地面を叩いた。
「ウィアズ国民に、わかって貰えるとは思ってねぇよ!」
 ピークははっきりと毒づいて半眼になる。リセとの約束で逃げはしない。だがその気になれば簡単に逃げ出せる、どこかピークには自負が滲み出ていた。
 徐にメリジョが、口を開いた。
「力を求めているのかな、ピーク?」
 ピークはメリジョを横目で見た。
「そうだよ。俺は、開始させる魔道士だ」
「『開始させる魔道士』?」
 メリジョが小さく首を傾げた。
 ピークはメリジョから目線を外し、他の三人を順々に眺めた。自分を眺める三人の顔。答えを求める視線。
 ――まるで鏡。
 答えを求めているのは自分。
 理由はあっても、だから何なのか、の“何なのか”の部分がない。
 何を開始させるのか。何を始めたいのか。
「……魔力は誰にでも備わっているものだ。呪文を唱えることによって起こる、魔法をウィアズ国民は知らない。微かに起こっていることさえ、知らないふりをする。――『気のせいだ』……気のせいなんかじゃない。それを信じることは、変人なんかじゃない……むしろ、当たり前のことのはずだ。でも、誰も信じない。ウィアズ人は、魔法を知らな過ぎる」
 メリジョはさらに首を傾げる。傾げたいのは、ピーク自身だったのに。
「それは君の勝手な思い込みのように思える。現に魔道士の片割れである白魔道士は、ここにもいる。ウィアズ城には他にもたくさんいる。実のところ知りたいと願っている人間はたくさんいるのだけれどもね。……魔道士はいるよ、たくさん。ウィアズ王国には魔道士はたくさんいる」
 ピークは眼を閉じた。
 メリジョは少ししてから、続けた。
「君は、もしかしてベリュに住んでいたという、ピーク・レーグン、ではないかな? 一二番目の月の一日目の深夜――いや、二日目の早朝だったかな。その産まれの」
「一日目じゃなくてすいませんね」
「私は二日目のほうが良かったと思っているよ」
 ピークは訝った。目を恐る恐るあけて、横目でメリジョを見やる。見やればメリジョはピークの視線に、少しばかりおどけたように肩を竦めて見せた。
「平和を始めさせる魔道士。いい響きだ」
「長い。開始させる魔道士だけでいい」
「そうかな? まぁ、終結させる魔道士よりは、いいね」
 ピークは再び押し黙る。
「魔道士の力は必要になる。おそらく君の力も必要になるだろう。だが力を求めることが全てではない。魔道士の力は天性ではあるけれど、何もしなければ消えて行くよ。何もできないままに、ね」
「そうなったら、俺は死んでやる」
「魔法が全てかな?」
「いや?」
 ピークはニヤリと笑って見せた。
「一番はリセかな?」
 ピークが満面の笑みを浮かべて、数秒後。
「っだあっはっはっはっ!」
 溜まりかねたアンクトックの笑い声が小会議室に響く。ナーロウも横で口を隠しながら笑いを堪えている。
 ピークは満面に笑みを湛えたまま、ムナに向かって手の平を返す。
「なぁ、リセ?」
 ムナはぽりぽりと頭をかいて「かなわないな」と。
 メリジョは短く呪文を唱えた後、小さく笑い声を発する。ムナ・ファトは形容を変え、リセ・アントアの姿に戻る。
 ピークはにやにやと口に笑いを作り、ムナ・ファトだったリセを見据える。
「だてに七年間以上放浪魔道士やってたわけじゃないしぃ……なぁ、リセ」
 ピークは徐に立ちあがり、リセを真っ直ぐに見据えた。アンクトックもナーロウも笑いを止め、立ちあがったピークを呑まれるように見上げる。
 ピークが息を吸い込むと唐突にピークの両手が炎に包まれる。メリジョ以外が驚いて凝視する中で、ピークは涼しい顔で両手を眺める。
「本当にありがとう。リセが機会を与えてくれたおかげで、何かがやれそうな気がしてきた」
 炎の中から、焼かれた紐が落ちると、ピークの両手を包んでいた炎は鎮火し、何事も無かったかのように自由になったピークの手が露わになる。放浪していた間何をしていたのか、ピークの手は少しばかり荒れていた。
 ピークはゆっくりと息を吸い込み、徐に魔方陣を描き始める。ゆっくりと、だが確実に描かれる魔方陣を注視し、ピークは目を細めた。


『空が、くすんだ、のか?』
『わかるか、ピーク』
『んや、気がするだけ』
『まったく、お前らしい答えだな』
『これからどうする、ライディッシュ?』
『私に相談するものではあるまい。私はお前について行くさ、我が主よ』
 ――どうするあてもないのに、何も言わずについてきてくれた。もう一人の“親友”。


「姿を見せろ、ライディッシュ!」
 ピークが叫ぶと、虚空に光の線で描かれた魔方陣の中から、鱗のある太い前足が現れ、次に獅子の鼻が出る。
 獅子の顔が全て出ると、口は閉じたまま言葉を発した。頭に響くように低く透き通る声。
『余計な魔力を使ってまで呼び出したいか、ピーク』
 刹那、閃光。気がついたころには獅子の頭とドラゴンの身体を持つ獣がピークの横に立っていた。
 ――雷の属性を治める最高等召喚獣、ライディッシュ。
 ピークは額に浮き出た汗を肩で拭き、笑顔で肯定する。
 ライディッシュはゆっくりとピーク以外の四人を見渡した。ピークはライディッシュの顔の横に進み出、唐突に頭を下げた。
「ウィアズ王国に、出来る限りまで、忠誠を誓う。俺はこれでも士の端くれで、魔道士だから」
 リセは目の前でふ、と短く息を吐いて笑った。
「やっぱり敵わないな、ピークには」
「俺はリセには敵わない」
 アンクトックが唐突に立ちあがる。ピークに歩き寄るのを、ピークは頭を下げたままの状態で見やった。アンクトックはニヤリと口の端を吊り上げると、やはり唐突にピークの膝裏を足で叩くのだ。当然ピークは崩れおちるわけであり――
「こうだ、」
 床に両手両膝をついたピークの横にアンクトックが片膝をついた。
 胸に手を当て、胸を張り。
「正式のはこうやるんだ。そしたら、頭を下げる」
 ピークはぽかんとしてアンクトックを見上げた。アンクトックは悪戯に笑うと立ち上がり、「ほら」と。
「やって見せろ。中途半端よか、幾分もいい」
 ナーロウは椅子に座ったまま。頬杖をついて短く失笑した。
「俺は陛下にやらなきゃ、意味がないような気がするんだがな」
「気分だナーロウ。前代未聞の奴がいるんだ、もう少し盛り上げてもかまわんだろうが」
 言って、豪快にアンクトックが笑った。ナーロウは短く笑うと、「だが」と。
「刑は執行するぞ。さもなければ被害者に礼を欠くことになる」
「それはもちろん」
 リセが満面に笑みを浮かべナーロウを見た。
「禁固刑三〇日程度でないかと。ふた月も放置しておいたら、いくらなんでも死にかねない」
「確かにな」
 ナーロウは少し愉快そうに笑って、リセと同時にピークを見やった。ピークはアンクトックに正式な礼の仕方を習っている最中で、背筋を伸ばせと背中を叩かれて小さく悲鳴を上げていたところだ。
「いいかな、ピーク」
 ピークは背中をさすりながら、リセを見上げる。ピークの横には変わらずライディッシュ。暇そうに腹をついて寝そべって、リセの言葉にピークを見た。
 ピークはライディッシュとリセを見やって、これでもかといわんばかりの大きなため息をついた。
「どんなのだって結構ですよ!」
 聞いたアンクトックがげらげらと笑った。浮き出た涙を拭きながらナーロウの横に戻る。そのまた横では、メリジョ・バンダーが。
 目を細めてピークを見やり、小さく「君に、」と呟いた。
「天魔の獣たちのお導きがあらんことを」
 聖印を切って、ニコリと笑った。
 数年にわたって本屋を中心に頻発していた万引き。おそらく同一人物で、魔道士だろうと言ったのは、メリジョだ。
 たびたび訪れていた本屋で、「誰も滅多に手をつけない小難しい本ばっかり消えては、数日後にはそのまま返ってくる」それの繰り返しと聞いて、ただの魔道士ではないのだと知った。魔法を齧った程度の魔道士なら、解読が必要な魔道書などには手をつけない。理解ができないし、使えるとも限らないからだ。
 魔道士は必要になる、とメリジョは胸中で繰り返していた。
 白魔道士だけではない。おそらく本格化するマウェートとの対立で、マウェートの黒魔道士に対抗しうる黒魔道士が必要なのだ。魔法の知識が必要だ、犠牲を少なくするためにも。
(どうか君が、本物の『開始させる魔道士』でありますよう)
 かつてウィアズ王国建国に関わった、始めを知る魔道士は願った。


□■


 牢番ヴェンは、牢の中にいるピークを呆れた顔で見守っていた。ほぼ毎日賢者メリジョ・バンダーがやってきて、ウィアズ王国の資料と、数冊の本を置いて行く。一時間ほど何か難しい話をしているかと思えば、ピークが唐突に何かをやらかしていたりする。にもかかわらず監禁刑の間に課せられる内職じみた仕事はきっちりこなしているから注意のしどころもない。
 ヴェンは当番の時間を日中に時間を変えてもらったのだが、余計疲れるような気がしていた。あいかわらず七時から九時までは一人で牢番をしなければならないし、たまに、当たり前のようにノヴァがやってくる。――何も変わっちゃいないな、と諦め半分でヴェンは嘆息した。
 ピークが監禁されて二十七日目のことだ。
 式典三日前だというのに、高等兵士に昇格するリセ・アントアが牢へと訪れたのだ。
「面白い話を持ってきたぞ」
 リセは悪戯に笑みを浮かべて、言った。
 ピークは訝ってリセの顔を見上げる。
「何だよ?」
「メリジョ様が、ある計画を実行に移し始めてる。なんだと思う?」
 ピークは少し考えてから、「さぁ」と両手を天井に向けて肩をすくめる。
「王国軍に六種類目の小隊を作ろうとしてるんだ。ウィアズ王国になかった魔道士の隊だ!」
 リセが唐突に叫べば、リセの声は牢の中に大きく響いていく。二つしかない牢にピークのほかは捕まっておらず、顔をしかめたのはピークとヴェンだけだが。
 リセはどうやら興奮している様子でピークのいる牢の鉄格子を掴んで、ピークを見る。
「ピーク! 兵士にならないか?」
 ピークは肩をすくめた。
「本気で言ってるのか?」
「あぁ! ピークならなれる、一緒にウィアズ王国を守っていこう?」
 ピークは唖然としてリセの顔を眺める。――言ってることがまるで無茶だ。ウィアズ王国に、今だ自分以外の黒魔道士を見たことがない。とはいえ、リセのこの期待を裏切るのは心苦しい上に、ウィアズ王国に忠誠を誓うと宣言したばかりだ。
 ピークはリセから目線を外すと頭をかく。
「俺は、いい……け、ど……」
「決まりだ! 前身の組織を作るのに、黒魔道士の指導者がいなかったんだ!」
「俺が指導者ぁ?」
「いないよりはましさ。幸い、ピークの顔はほとんど誰も知らないから」
 ピークは頭に手をのせたまま「まぁ、けどなぁ」とあいまいな言葉で口を汚す。だがリセは有無を言わさぬほど、真っ直ぐに笑うのだ。
「断れないだろう? あと三日免除までしてくれるっていうんだから」
「ナーロウ高等兵士が怒るぞ」
「ピークが回数をごまかしたらばれないだろう?」
 ピークは唖然としてリセの顔を見つめた。
「……リセ、変わった」
「変わらないさ、ピークよりはね」
 ピークは失笑すると片手を上げた。
「わかったよ、そろそろ陽の光が恋しくなってきたし」
 リセは満面に笑みを浮かべ、「よかった」と呟いた。


 式典の一週間後。
 城下町で高等兵士リセの横を歩いているのは、ピーク・レーグンだった。「暑い」と呟きながら着ているのは、赤紫色をした大きめのローブだ。
 ピークは城下町に住む人間の注目があつまるのを眺めながら、苦笑を浮かべて頭をかく。「なんだかっすね、人の目がヒジョーに痛いんすけど」
 リセは苦笑を浮かべ、ピークに振りかえった。ピークが釈放された時から一度も会っていなかったのだが、口調と態度が一変している。
「その口調やめてくれないか、ピーク」
 ピークはへらへらと笑うと手の平を返して見せる。
「恐れ多くも高等兵士であらせられるリセさんに、タメ口なんてつかえたもんじゃありません。っていうよりも、腹くくったって言ったほうがあってるんすけどね」
 リセは頭をかくと、前を向く。――なんとかいつか慣れるか。
 城の外門につくと、ピークはゆっくりと立ち止まり、リセの背中を眺めた。リセはピークが立ち止まったことを察すると、同じく立ち止まりピークに振りかえった。
「ピーク?」
 ピークは大きな外門を眺め、嘆息する。
「でっかいっすよねぇ……ま、なんとかなることを祈ってます」
「なんとかなるさ。メリジョ様がいらっしゃる」
「ありがたい話っすよ。で、メリジョ様と言えば、そこにいらっしゃる、門番さんに訊いてみましょう」
 ピークは言うと、手の平を外門の門番の一人に向けた。示された門番は少しばかり驚いたような表情を作ると、持っていた武器を宙に放り投げる。途端、武器は何もなかったように消え去り、門番は顔に笑みを浮かべ、短く呪文を唱えた。
 次の瞬間に門番がいた場所に現れたのは、メリジョ・バンダー。顔には嬉しそうな笑顔。徐に一歩歩き出す。服装はいつのまにか、ピークと同じ赤紫色のローブを着ていた。
「ようこそ、ピーク・レーグン」
「お邪魔致します、メリジョ・バンダー」
 リセはニヤリと笑ったピークの横で苦笑を浮かべ、「敵わないな」と再び呟いて、メリジョと同じく一歩足を振り出す。
 ピークは城の中へと歩き出したリセとメリジョの背中を眺め、小さく嘆息すると空を見上げた。
 空は青く透き通り、壮大なウィアズ王国を象徴しているように見える。白い雲が空を侵略し、気まぐれな風が追い返したり、広げたりしている。空に輝く陽は赤く、空と雲との戦いを傍観している。――陽の本当の色は赤紫なのかもしれない。
 赤紫は天魔の獣だ、傍観してどちらにもつく天魔の獣たち。
 ピークはゆっくりと顔を前へと向け、二人の背中を眺め、徐に一歩歩き出す。
 ピークは二つの指で、パチンと音を鳴らした。
「ウィアズ王国に、天魔なる栄えがあらんことを」
 言うと、密かに口の端を上げて笑った。


 ――ウィアズ王国歴五十年、晩夏。魔道士隊の礎である、魔道士学校が開かれる。規模五百人。
 ウィアズ王国歴五一年、春。ピーク・レーグン率いる黒魔道士四百、ガンダレンダの反乱を修め、実力を誇示。ウィアズ王国にある魔道士の存在をウィアズ国内に知らしめる。同年、志願者がウィアズ王城に殺到する。
 ウィアズ王国歴五三年、夏。ウィアズ王国軍に第六小隊、魔道士隊完成。初代隊長に高等兵士として白魔道士指導者の賢者メリジョ・バンダー、黒魔道士指導者ピーク・レーグンが就任。ウィアズ王国軍精鋭一万となり、マウェート王国に次ぐ兵力となる。
 礎を築いた二人の魔道士を、『始まりの魔道士』と人は呼んだ――。
 
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